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秘密の避暑地
日照り続きの夏は、人だけでなく、他に息づく生命たちからも気を奪ってしまうらしい。
蝉の声が聞こえぬ木陰の中。三成は遠方に揺らめく陽炎が立ち上っているのを確認し、深く吐息する。
風はない。時々葉擦れの音は聞こえる。
三成は、この茹だるような暑さに木々たちも苦悶の声を上げるのだな、と。突飛な想像を巡らせる。
追っていた文字から視線を逸らし、ひさしを提供してくれる木の幹に背を預けた。
そっと目を閉じると、幻聴に違いないが風の音が聞こえる気がする。
「眠いのか?」
「いや……」
「眠いんだろ」
「そんなことはない」
三成の斜め後ろ、同じ木陰に身を寄せる男が言う。
彼の傍らには、その身の丈を越える一風変わった形の槍が横たわり。その切っ先は鋭く磨かれ、容赦ない夏の日の光を反射していた。
「肩、貸してやるよ」
「要らぬ」
「たまには素直になれって」
「っ、だから眠くないと言っ……」
反論の途中で三成の腕は男の腕に引かれる。
咄嗟に抵抗しようにも、彼の腕は筆を滑らすばかりの三成のものとは違う。
その腕は、愛用の得物を振るい続けたが故に大木の幹を思わせる程にまで成長していた。
単純な力で三成が男に叶う筈はなく、あっさりと身を引き寄せられてしまう。
三成が手にしていた書物が乾いた音を立てて滑り落ちる。
三成の視界は瞬きをした次には、緑の格子と白光の粒子で埋め尽くされていて。
その景色の横合いから、ひょこりと男が顔を覗かせる。
「……肩を貸すのではなかったのか」
「そのくらいで言っとかないと、お前は抵抗するからな」
抵抗しても結局こうなるではないか――という言葉を飲み込んで。
三成は己を見下ろす男の顔を見つめ返す。
細められた銀色の眼は夏の日よりも眩しかった。
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