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縋りたい体温
昨夜から断続的に雨が降り続いていて、今日は肌寒い朝を迎えた。水無月ともなれば薄い着物の一枚で過ごせるような気候のはずだが、今日はそうもいくまい。清正は深緑色の着流しの上に羽織を着て、大坂城へと赴いた。
城に着くなり顔を合わせた三成の装いはと言えば、真冬を思わせるようなそれであった。盛夏であっても着衣を乱すことの少ない三成だ、かっちりと着物を纏い、袴を着用し足袋を履いているのは理解できた。しかし、その蓮色をした着物の上に厚ぼったい上着を着ているのは…流石にこの時季としてはおかしい。
「三成、お前厚着し過ぎじゃねぇか?」
そんな三成の服装を見て、清正が眉をひそめた。
「今日は寒くてな。」
三成は何でもないようにそう答えたが、よく見ると顔が赤い。
「赤い顔して、何言ってんだよ。」
着物の内側に熱がこもっているせいではないかと清正が三成の頬に触れた。するとそこは、普段低体温気味である彼からは考えられぬほど熱かった。
「お前…っ!熱があるじゃねぇか!!」
同じく額に手を当てて体温を計る清正。かなりの高熱だ。よく今まで、平然と歩いていたものだった。
「大丈夫だ、これくらい。片付けてしまわねばならない案件がたくさんある。寝込んでなどいられないのだよ。」
「ダメだ。屋敷へ帰れ。」
「そこを退け、清正。」
三成は立ちふさがる清正を腕で押して退けようとしたが、逆によろけてしまった。
「そんなんで仕事が務まるか馬鹿。」
清正は三成の腕を掴むと、ひょいと彼を抱え上げた。
「お、降ろせ馬鹿!!」
三成は暴れて見せたがやはり思うように体が動かないのか、大した抵抗ではなく清正は全く動じていなかった。
「おとなしくしてろよ。秀吉様やおねね様に心配をお掛けするのは、お前だって本意じゃないだろう?」
「だから、俺は平気だと…っ!」
「馬鹿。様子がおかしいのは一目瞭然だ。一番最初に会ったのが、俺で良かったな。」
所謂『お姫様抱っこ』をされた三成は、家人の目に晒されるのが恥ずかしくて、隠れるように清正の胸に顔を埋めた。そしてそのまま清正の手により、来たばかりだというのに屋敷へと送り届けられたのだった。
「じゃあ左近、悪ぃけど頼んだ。」
「いえいえ、元が殿の仕事なら仕方ないですからね。」
まだ文句を言う三成を強引に布団に押し込めてから、清正は左近に仕事の引き継ぎをした。三成でなければ動かせぬ用件もあるだが、火急のものではない。今日のところは、あの有能な石田家家臣に任せておけば何の問題も生じないだろう。ついでに、こんな三成を放っておけないので、清正も今日は休んでしまおうと決め込んだ。
「三成、入るぞ。」
水の入った桶と手拭いを持って、清正は三成の私室へと入った。起き上がって墨でも磨っていたらぶん殴ってやろうかと思っていたが、どうやらおとなしく寝ているらしい。膨らんだ布団を見て清正はほっと胸をなで下ろした。
「何か食えそうか?」
濡らした手拭いを絞りながら清正が三成に声をかけたが、返事がない。ひょいと顔を覗き込むと、三成はがたがたと震えて布団を握り締めていた。恐らく、まだ熱が上がるのだろう。
「三成、寒いのか!?待ってろ、今厚い布団持って来るから!」
慌てて立ち上がった清正だったが、何者かに着物を引っ張られ、軽くつんのめってしまった。足下を見ると、布団から出た三成の白い手が、彼を引き止めるように着物の裾を掴んでいたのだった。
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