君に吹く風A


 三成は、もじもじしながらようやく切り出した。
「今度、もらわれることになってな……。」
「もらわれる?何をだ?」
「…そ、その……俺がだ…。」
「ひょっとして、嫁に、か…?」
 三成が、嫁に?自分で言っておきながら、「嫁」という単語に清正は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
「いや、嫁ではない。あの山の向こうの町の庄屋に……妾としてもらわれることになったのだ。」
「妾!?」
 嫁よりもっと悪いではないか。
「相手は、物好きな爺でな…。半年ほど前にはどこぞの村から色のない真っ白な娘をもらったそうだ。忌み子の次は鬼の児とはな。」
「…お前は、鬼の児なんかじゃないだろう。」
「そう言ってくれるのはお前だけだ。」
 三成は、眉をハの字にして笑った。そのとても儚い笑みに、清正は思わず三成を抱き締めた。
「……余所に行く決心をするために…最後にとお前に会いに来たのだが…逆効果のようだ……。」
 三成は、清正に縋って泣いた。まるで、いつかのように。



 ―泣いている三成を見て苦しいのは、妾にもらわれると聞いて胸がざわつくのは……幼い頃からこいつの成長を見守って来た親心からか?

 いや、違う。きっと俺は……。



 この娘を不幸になどさせるものか。他人のものになるくらいなら、俺が奪ってやる。
「三成、お前は俺が食ってやる。」
 清正は、三成に噛み付くように口付けた。
「ん…っ!」
 三成は驚いたものの、抵抗する素振りは見せなかった。それどころか、清正に抱き付いてもっとと求めた。
「…昔の願いがようやく叶うな。俺を食べてくれ清正……。」
 とろんと溶けた瞳で清正を見詰める三成。彼女の頭から、清正が髪結い紐を取った。花の飾りが付いたそれをそのまま地面に置くと、三成の朱い美しい髪の毛が、流れるように風になびいた。
「お前は、烏天狗にさらわれた哀れな娘だ。」
 ついでに履物も脱がせて、髪結い紐の近くに転がした。
「俺と一緒にうんと永い刻を生きる…覚悟はあるか?」
 三成を横抱きにし、清正が問う。三成は何も言わずに深く頷いた。

 ごぅっと強い風が吹くと、その場に二人の姿はなくなっていた。



 残された髪結い紐と履物、そして落ちていた一枚の黒い羽根を見て、村人達が「烏天狗が出た」と騒ぐのはその翌日のことだった。




 「お前に抱き上げられて空を飛ぶのは、子どもの頃以来だな。」
 清正の首に腕を回し、彼にぴったりとくっつく三成。
「そうだな。まさかあんなちんちくりんが、こんなに美人に成長するとは思ってなかった。」
「ちんちくりんとは失礼だな!」
「ガキの頃は下ぶくれだったろ。」
 清正は笑いながら昔を振り返るが、三成は不機嫌そうに唇を尖らせている。そんな彼女をなだめるかのように、清正は大きく羽ばたいて空高くに昇った。近く感じる太陽が眩しい。
「見えるか?あれがお前の村だ。もう二度と帰れない。」
「…ああ。」
 小さく見える、生まれ育った村。未練など一つもなかった。

 二人でいれるのなら。





 烏天狗の山で、無邪気に遊ぶ二人の童がいる。銀と朱の髪を持ったその子ども達は、どうやら兄弟らしい。夕暮れが近付くと、彼らの母親と思われる美しい女性が迎えにやって来る。嬉しそうに子どもが母の元へと駆け寄ると、一陣の風が吹き抜け、三人は忽然と姿を消してしまうのだそうだ。

 いつしかそんな噂が、山の麓の村々に流れていた。「烏天狗の妻と子ども達だろうか」と言う者もいたが、真相を知る者は一人としていない。
(だが、その幸せそうな親子を見た者には、幸福が訪れると言われていた。)



 「「母上!」」
「さぁ、帰るぞ。もうすぐ父上も来てくれる。」
 三人の楽しそうな笑い声が、強い風にさらわれて行った。




   ―おしまい―




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