あの子に惚れなきゃ嘘じゃない?A


 先ほどの臙脂色の傘の下では、変わらず子猫が震えていた。三成はその猫を抱き上げ、ついでに傘も拾い上げた。
「その子猫、連れて帰るのでござるか?」
「そうせねば死んでしまう。」
「三成殿、なんとお優しい……っ!」
「さすが、我らが総大将は違うね!」
「下らん世辞はやめろ。この猫が死んでいい理由が見当たらん、ただそれだけだ。」
 そう言って三成は、これ以上凍えないようにと子猫を懐で抱き締めた。

 ―きゅきゅん!

 「…??
……こいつは変な声で鳴くんだな。」
 三成さん違います。今の音はあなたに幸村と佐助の二人がときめいた音です。



 雨の止む気配のない中、三成達は大坂城に帰るべく足を進める。足下はぬかるみ、袴の裾は既に汚れてしまっている。辺りに響くのは雨音とばしゃ、ばしゃ、と水溜まりの中を歩く三人の足音のみだった。この静けさも不愉快ではなかったが、最初に沈黙を破ったのは佐助であった。
「そう言えば石田の旦那、俺様の名前も覚えてくれたんだね。独眼竜の旦那のことは覚えてなかったのに。」
「どくがん…?誰だそれは。」
「なんと!」
「お気の毒……。」
 相変わらず覚えてもらえていない政宗に、佐助と幸村は憐憫の意を覚えずにはいられなかった。よって余計に、自分達の名を把握してもらえている事実を喜ばしく思うのであった。
「記憶するに値しない人間の名などいちいち覚えない、それが何かおかしいか?不必要な情報などいらん。」
 …ここに政宗がいたならば言葉の刃でザックリやられていただろう(三成に悪気はないが)。
「じゃあ、逆に言えば俺様達は“必要”ってことでいいんだね?」
「?
何を今更。貴様らは私が盟友と認めたときから大切な存在だ。」

 ―きゅきゅきゅん!

「…また変な声で鳴いたな。」
 そう言って三成は子猫の顎を撫でたが、あの音は幸村と佐助が(以下省略)。ついでに言うと、二人の胸きゅんメーター(爆)は既に振り切れる寸前である。



 佐助と幸村が三成を観察していて分かったことがもう一つ。それは、彼はいつでも本当のことしか言わないということ。時折失礼で棘のあることも言うが、それは三成の本音であり、ただ事実を口にしているだけなのである。良いも悪いも包み隠さずの姿勢は、いっそ男らしくさえあった。
「三成殿に惚れない御仁はおかしい方でござる…っ!」
「うんうん!」
 幸村と佐助は瞳にハートを入れて、今日も物陰に潜んで一定の距離から三成を眺めていた。藤色の羽織が素敵だの立ち姿も美しいだの、当初の目的はどこへやら、最早完璧にストーカーである。おまけに、彼の後をついて回るのはこの二人だけではなく、先日拾われたあの子猫も然りだった。にゃあにゃあ鳴いては、三成の足下にすり寄っている(この子猫は灰色の毛並みだとばかり思われていたが、風呂場で綺麗に流してやったらなんと元の毛の色は真っ白であった)。
「あの子猫、なんて羨ましい……っ!!」
 …幸村は猫を相手に嫉妬し始める始末。唸りながら木の枝を握り締めた瞬間、いつかのように三成がこちらを振り返った。
「…真田、猿飛。」
 びくっ!
((またバレた!!))
「随分以前から毎日のようについて来て…こそこそと何の真似だ?」
((バレてた!!))
「貴様らは私の盟友だと言っただろう。私は貴様らを下になど見ていない、共にありたいのなら後ろではなく横に来い。…拒否は認めない。」

 ―きゅきゅきゅきゅ〜ん!どかーん!!
 (……ついに幸村達の胸きゅんメーターは爆発した。)

 「三成殿ーっ!!」
「石田の旦那〜っ!!」
 二人は木陰から飛び出し、三成に勢い良く抱き付いて彼を押し倒した。
「どうかどうか、某を一生お側に置いて下され!」
「俺様も一生ついて行くよ!」
「重い!!」
 …息を荒げた幸村にマウントポジションを取られ貞操の危機を感じた三成だったが、彼の悲鳴を聞き付けた吉継によってその場は事無きを得たのだった。



 後日、ストーキングはやめたものの、幸村と佐助は代わりに常に三成にべったりであった。そして、とうとう三成を取り合って二人の間に争いが勃発した。
「石田の旦那は俺のもんだ!それは大将が相手でも譲れないね!!」
「何をぅ佐助!三成殿は誰にも渡さん!!」
「喧しいぞ。私は秀吉様と半兵衛様のものだ。
…だが、今後の貴様らの武功次第では……分からないかも知れないな。」
 そう言って妖しく美しく笑って見せた三成に、とっくに(三成によって)破壊されたはずの二人の胸きゅんメーターが大きく動いた。

 ―きゅる〜ん!!




 己が愛欲のために切磋琢磨を続ける真田主従。「三成を追いかけて強くなる」という目的は、果たされつつある……のかも知れなかった。




   おしまい!




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