彼女の困惑A


 早速上田まで単身急いだ兼続は、城に着くなり慌てた様子の幸村に迎え入れられた。


 「兼続殿、こうしてお会いできるのは私とて嬉しいですが……一人でいらっしゃるなど無理はお止め下さい!貴女の身に何かあったらと思うと私は……っ!」
 眉を下げ、心底心配した様子で幸村は兼続の白い手を大切そうに取った。
「それはすまなかった。だが、私はお前に大事な話があるんだ。」
 握られた手をやんわりと解き、幸村を見据える兼続。
「…何でしょうか…。」
 幸村は恋人のただならぬ気配に困惑しながらも、姿勢を正して彼女を見詰め返した。





 「此度の婚約、無かったことにしてもらいたい。」

 幸村の大好きな凜とした声で、兼続は言った。目の前の許婚の言葉に幸村は目を見開いて驚き、すぐには言葉が出て来なかった。
「…か、兼続殿!急に何を言い出すのです!」
 思わず兼続の肩を掴む幸村。当たり前だが、明らかにうろたえているようだ。
「そうだな、確かに急にこんなことを言い出して、申し訳無い。」
「違います兼続殿!何故婚約を破棄するなどと…っ!」
 知らず掴んだ手に力が入り、ぐいぐいと兼続の柔い肌に指が食い込む。動揺する幸村とは対照的に、兼続は冷静であった。
「痛いぞ幸村…。きちんと話すから、手を離してくれないか。」
「……す、すみません…。」
 痣になってしまったかも知れない、と幸村はそっと兼続の両の肩を撫でた。うろたえながらも彼は兼続を気遣うことを忘れなかった。

 ―ああ、私は本当に思いやられている。

 今の兼続には、幸村の想いは苦しいだけであった。



 兼続は、一つ息を吐いてから、ゆっくりと切り出した。
「私は、お前を嫌いになった訳ではない。変わらず、愛しているよ。」
 多少落ち着きを取り戻した幸村は、静かに兼続の話に耳を傾ける。
「だが、だからこそ私はお前とは一緒になれない。」
「兼続殿……。理由を、お聞かせ願えますか。」
 彼の震える声には気付かぬ振りをして兼続は続ける。
「お前はまだ若い。こんな年嵩で結婚歴さえある女など……未来のあるお前には相応しくないだろう?きっとすぐに似合いの素敵な姫が現れるさ。」



 「何を……っ、何を言っているのですか貴女はっ!!」


 幸村が怒っている。

 兼続は、ここまで怒っている幸村を初めて見た。


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