さっきまで、さむかったのに。


今日は患者の数が少なく、珍しく定時に上がれた。コンビニでお気に入りの杏仁豆腐を買って、俺は足取りも軽く自宅のアパートへと帰って来た。

「今日は俺の方が早いか…。」

玄関を開けると、誰に言うでも無くそう呟く。そして、暗くて冷え冷えとしている部屋に明かりを灯した。…暖房も点けた方が良さそうだな。

俺の同居人兼恋人の清正は、最近アルバイトを増やした。将来のためにと、小さな建築事務所で働き始めたのである。以前からやっているホームセンターのバイトと掛け持ちをしているので傍目には大変そうだが、本人を見ていると充実しているようなので、多分良いことなのだろう。勿論、学業に影響が無ければの話だが。



「雨…?」
ホットココアを飲みながらふと窓の外を見ると、みぞれ混じりの雨が降っていた。天気予報で、こんなこと言っていただろうか?

(…あいつ、絶対傘持ってないだろうな。)

俺は着替えたばかりのルームウェア(もこもこで温かいやつ)を脱ぎ捨て適当な服に着替えると、一番厚手の白いコートと淡いピンク色のストールを対北風に装備して家を出た。赤い傘を差している右手と、奴のビニール傘を握る左手。むき出しの手は冷たい風の攻撃をモロに受け、あっと言う間に痺れて来た。感覚を無くしつつある手で傘を握り直すと、雨具を所持していないのであろう女子高生が水色の長いマフラーをはためかせて横を通り過ぎて行った。あんなに丈の短いスカートでは、この雨は堪えるだろう。
駅前まで歩いて来ると、傘を持たぬ人々が商店の軒下にたくさん並んでいた。タクシー乗り場にもいつも以上の列ができていて、皆突然の雨に困惑しているようだった。俺がいなかったら、あいつもこの中の一人であっただろう。まったく、感謝して欲しいものだな。

「三成!!」

傘を閉じ、改札前へと続くエスカレーターに乗ろうとしたところで、階段から清正が手を振りながら駆け降りて来た。お互いにメールも電話もしなかったというのに、何というタイミングだろうか。運命的な何かを感じるより何より、寒い中待たずに済んだのが一番良かった。

「迎えに来てくれたのか!」
「ああ。たまたま、今日は早く帰れたからな。」
「そっか、寒いのに悪かったな。」

清正はニコニコしながら俺の頭を撫でた。とっても嬉しそうに笑うから、俺は妙に気恥ずかしくなってしまった。

「だから!!別に、たまたま定時に帰れて、気が向いたから来てやっただけだ!それに手袋をしたまま髪に触るな!ボサボサになるだろう!!」

俺はそう言って清正にビニール傘を押し付けた。

……お前だったら、きっと雨の中迎えに来てくれる。そう思ったから、来てやったんだ。





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