おべんとう。


大学が夏休みに入り、俺の年下の恋人、清正は朝に晩にとアルバイトに精を出している。午前中は建築事務所、午後はホームセンターというサイクルが、ここ一週間ほどで出来上がっていた。今から貯金をしておきたいんだそうだが、傍目から見ても忙しそうだ。まぁ、当の本人に疲労の色が少しも見えないのだから、俺が心配してやる必要は無いのだが。
また、奴はバイトだけで無く、何が楽しいのか最近は弁当作りにも凝っていた。昔から何か(例えば城とか、他にも城とか城とか)を作るのが好きな器用な男であったが、あの顔、あの筋肉で俺のパステルピンクの弁当箱におかずを可愛らしく詰めていく様子は、ある意味ホラーである。マ○メロディがプリントしてある俺のエプロンを着用している姿(当然サイズは全く合っていなくて、丈は足りないし後ろのハート型のボタンも留まっていない)は、視覚的な暴力以外の何物でも無い。エプロンくらい自分のを買うのだよクズが。



「その弁当が、清正が?良い旦那ではないか。」

昼休み中、ギン千代が近所のパン屋の売れ筋商品であるクリームチーズとブルーベリージャムのベーグルを頬張りながら言った。「あいつは旦那では無い」という俺のセリフを聞いているのかいないのか、彼女は不躾な視線を奴の手作り弁当に送る。何だか少し恥ずかしくなって、自分で作ったと偽っておけば良かったと後悔した。

「プチトマトに卵焼き、インゲンの胡麻和え。彩りも文句無しだな。それは、コロッケか?」
「エビカツだ。」

さすがに朝から揚げ物などは常軌を逸しているので、勿論これは冷凍食品である。

「宗茂は弁当なんか絶対に作ってくれないぞ。」
「でも、稼ぎがとても良いではないか。」
「まぁな。」
「少しは否定しろ。」

なんて話して、二人で笑い合っているうちに、休み時間が残り15分になってしまった。俺達は押し込むように昼食を食べて、急いで休憩室兼ロッカールームを出た。身支度を整えて、午後の患者さんを迎える準備をしなくては。



滞り無く業務を終えて、家に向かう俺の足取りは軽い。タイムセールに間に合い、鶏のモモ肉を安く買えたのだ。冷凍庫には付け合わせになるミックスベジタブルも残っているし、今夜はチキンソテーを作ろう。
自宅アパートの近くまで帰って来ると、二階の俺の部屋に明かりが灯っているのが見えた。清正はもう帰って来ているようだ。ということはクーラーももう点いていることであろう。あいつは、暑がりだから。

「ただいま。清正、今日は早かったのだな。」
「おぅお帰り。今日はお客さんが少なかったから店長が一時間早く帰してくれたんだよ。メールしただろ?」
「そうだったのか。見ていなかった。」

言われて携帯電話を開くと、未読のメールが二通あった。一通は清正からのもの、もう一通はよく行くショップからのメールマガジンであった。
俺が携帯を見ているわずかな間に、清正は空になった弁当箱を俺の通勤用のバッグから取り出し、「今日は残さなかったな、偉いぞ」とか言いながら洗っている。これでは旦那どころか母親だ。こいつは、昼間ギン千代が褒めていたことを話したらどんな顔をするだろうか。調子に乗ると面倒なので、決して口にしたりはしないが。

「夕飯の支度はしておくから、早く着替えて風呂入って来いよ。」

母親のような彼氏の言葉に甘え、俺は寝室兼自室へと引っ込んだ。こっちの部屋は冷房が入っていないので暑かった。



翌朝、いつものように清正は弁当を作ってくれた。今日は建築事務所のバイトが休みだからと、用意したのは俺の分一つだけ。俺のためだけに早起きをしてくれたのかと思うと少し申し訳無い気持ちになった。

「わざわざ悪いな。」

赤いギンガムチェックのナプキンに包まれた弁当を受け取りながら一言謝ると、清正はぷっと吹き出して笑った。

「何だよ、らしくねぇな。明日は季節外れの雪でも降るか?」
「何だと!?」

人が下手に出ればすぐこれだ!俺がキッと睨み付けると、清正はふざけたような笑い方をやめニカッと白い歯を覗かせて笑った。

「冗談だっつの。別に気にすんな、俺が好きでやってるんだし。」

そう言いながら頭を撫でられてしまえば、俺に反論の余地は無い。ずるい。

「…もう行く!遅れてしまう!」

頬が熱くなってきたのが分かったので、俺は逃げるように玄関へと向かった。その背に、清正が言う。

「今日の弁当の中身だけどな、鉄分の多いひじきと小松菜入れといた。ちゃんと食えよ?お前生理中なんだから。」

俺は「何故知っている」と思うより早く、振り返って目の前の男の鳩尾に右ストレートと決めた。パンチを繰り出したときにブラウスの袖が少し突っ張ったのだが、ちっとも構わなかった。自分で見たわけでは無いから分からないが、怒りで目を見開いた俺の顔は般若より恐ろしかったのでは無いだろうか。
膝を折り崩れる清正には目もくれず、俺は部屋を出た。今日は絶対にあいつと口を利いてやらないと心に決めて。

(ちなみに、生理が来たのは昨日の夜だ。気持ち悪いを通り越して恐怖を感じたのは言うまでも無い。)

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