昔の話


※タイトル通り、一話より少し昔の話です。清三未満かも知れません…。清→←三っぽい?






「みんな〜!!」

明るくハキハキとしていて良く通る、一人の女性の声が大坂城の中庭に響く。朝の鍛錬中だった若武者達は、それを聞くと皆一斉に木刀を振るう手を止め、声の主、ねねの元へと走って行ったのであった。
山吹色の小袖を着たねねは、おはよう、と柔和な笑顔で挨拶をしてから、息子も同然と思っている青年達に一つのお願いをした。

「ちょっと三成が昨日の夜から体調を崩しててね、今日はお仕事の手伝いができそうにないんだよ。だからみんなには、今日は三成の分まで頑張ってもらいたいんだ。」

それに対し、異を唱える者などこの場にはいない。全員が大声で「はい!!」と答えると、ねねは満足そうに頷いた。

「うんうん、みんな良い子だね♪
それから三成の具合だけどね、ゆっくり休んでれば良くなるから安心して。心配だからって、あんまり周りをちょろちょろしちゃダメだよ〜?」

最後に一つ釘を刺し、彼女は中庭を後にしたのだった。

「相変わらず頭デッカチは体が弱ぇな〜。」

ねねの姿が見えなくなると、正則は即座に悪態を吐いた。しかし彼の隣りにいた清正には、三成が寝込んでいる理由の見当が付いていた。それはどうやら行長や吉継も同じらしく、「心配やねぇ」「行火でも持って行ってあげようか」と話しているのが聞こえた。

(おねね様にああ言われたばかりだが…ちょっとだけならいいよな。俺も後で顔を見に行こう。)

清正は頭の片隅で三成のことを考えながら、ぎゅっと木刀を握り直した。



清正は体が温まるようにと女中に生姜入りの葛湯を作ってもらい、それを持って三成の元へと向かった。
入室の許可を取るために声を掛けると、襖の向こうからは思ったよりも元気そうな声が聞こえた。それに少し安堵してから、清正は静かに襖を開けた。

「よぉ。具合はどうだ?」
「昨夜から比べると大分いいな。」

声の調子はいつもとあまり変わらないが、三成の顔色は良くなかった。ただでさえ白粉を叩いたかのように白い肌が、更に白くなっているように見える。清正は体を起こそうとする三成を制して、持って来た湯飲みを枕元に置いた。

「これ、葛湯。生姜も入れてもらった。」
「…すまない。」

三成は葛湯に手を伸ばし一口飲むと、拗ねた様子で、また恥ずかしそうに唇を尖らせた。

「今日は甘やかされてばかりだ。左近やおねね様、恐れ多くも秀吉様まであれやこれやと世話を焼く。先ほどは吉継と行長が来て行火を置いて行った。」
「幸せじゃねぇか。」
「逆に体が休まらぬ。」
「…確かにな。」

入れ替わり立ち替わりに見舞い客が来るのでは、やはり疲れてしまうだろう。それを考えて、清正は眉尻を下げて困ったように笑った。

「だが……お前も行長も吉継も、事情を分かってくれているから助かる。」

三成の不調の理由は、女性には逃れることのできない、月のものであった。これはデリケートな問題であるため、それを分かっている者とそうでない者では雲泥の差だ。

「正則も顔を見せたのだが、やれ風邪か腹でも壊したか、やれどうしたんだとうるさかった。」

女性の苦しみを理解していない者の一人、正則。彼が三成の周りで騒がしくしているのを、清正にはたやすく想像ができた。その行為に悪気が無いのが分かっているからこそ、何とも言えない気持ちになったのであった。三成の表情から察するに、それは彼女も同じなようだった。

「ま、今日は大事にしてゆっくり休めよ。良くなったらまた秀吉様の手伝いに励め。お前にしかできないことも……多少は、あるしな。」
「ふん、わざわざ様子を見に来ておいて、失敬な奴め。」
「言い返す元気があるみたいで安心した。じゃあ、俺はもう行くな。」

三成の頭をぽんぽんと撫でてから、清正は部屋を出た。本当はもっと側にいたかったけれど、長々と居座られたのではゆっくり眠ることもできないだろう。

しかし(これは誰も知り得ぬことであるのだが)、彼が出て行った襖を、残された三成が寂しそうに見詰めていたのだった。

(…また、礼が言えなかった……。)




このお互いに憎からず思っている二人が、気持ちを通わせ結ばれるのはもう少し先の話。可愛い可愛い子どもを授かるなんてことはもっと先の話で、今の彼らは知る由も無いのであった。

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