あき。


九月に入ってから、清正の様子がおかしい。何やら塞ぎ込んでいると言うか……。口数も少なくて、気付くと溜め息ばかり吐いているのだ。
今もフローリングの床に貼り付いて、あーだのうーだの唸っている。今年の残暑の厳しさに、とうとう頭がどうかしてしまったのだろうか。

「……清正。いい加減目障りなのだよ。」

狭いキッチンに突っ伏している巨大な芋虫のような恋人を、爪先で突っつく。足で端に追いやろうとしても、こいつを動かせないのは目に見えているのでそれはやらない。

「そんなに暑いのならエアコンをつけるか?」
「いや、大丈夫だ。別に暑さにダレてる訳じゃねぇし…。」
「ならばもう少ししゃんとしろ。そんなところに転がられていては邪魔だ。」

そう言ってやると、清正は気怠げな仕草でのそりと起き上がった。奴が着用している黒いタンクトップの襟から胸元にかけてが、汗染みができて所々色が濃くなっている。…やっぱりクーラーは入れた方が良さそうだな。

「とりあえず着替えて来い。そうしたら、お前が変になっている理由を聞いてやろう。」

清正はおぅ、と返事をすると、その場で湿ったタンクトップを脱いだ。スポーツジム等に通っている訳でもないのに、こいつは無駄に筋肉質だ。そのへんは昔と変わらなくて、時々目の遣り場に困る(断じて、ドキドキしている訳じゃない)。



「…秋は嫌いなんだ。」

ネイビーブルーと白の、ツートンカラーのポロシャツに着替えて来た清正が、おもむろに口を開いた。出て来た言葉は、『秋が嫌い』。嫌いな季節が来るからといって、ここまで様子がおかしくなるものなのだろうか。この男は、そこまで子どもではなかったはず。いやに深刻そうな顔をしているし。

「一体どうして?」

俺は、できるだけ優しく、小さな子に話しかけるような口調で清正に問いかけた。

「……お前が、いなくなった季節だから。」

…ああ、そう言われれば。あの戦も、俺が処刑された日も…秋だったな。あそこの河原は寒くて、隣にいた行長の指先や足先は真っ白になって血の気を無くしていた。まぁ、俺も似たようなものだったが。
正直思い出したくも無いことであるが、生憎忘れられそうも無い。

…とは言っても。

「昔のことだ。」

学生のときに日本史の授業で自分達のことを教科書で読んでも、特別思うところは無かった。ただ、大河ドラマやテレビゲームなどに登場する『石田三成』を見ると、何となく照れ臭い気持ちになるが。

「昔のことなのだよ、清正。」
「分かってる、けど……。」

もう関係無いだろうと言っても、清正は目を伏せるだけ。どうやらこいつは、俺ほど前世のことを割り切れていないらしい。
俺はふぅ、と一つ溜め息を吐いて、俺専用のピンク色の座椅子に腰掛けた。それから、

「おいで。」

少しだけ笑ってやりながら、腕を軽く開く。この稚児を抱き上げてやるような仕草は奴には効果的面で、清正はすぐに抱き付いて来た。

「俺はここにいる。お前を置いてどこにも行きはしない。」
「三成……。」

俺の肩口に顔をぐりぐりと押し付けて、清正は縋るように俺を抱き締める。俺はその背中を優しく撫でてやった。

「15日は休みなんだ。お前も、その日は学校を休んでしまえ。」
「…え?」
「ずっと一緒にいよう。」

そう耳元で囁いてやると、清正は大きく頷いた。



「なぁ清正?」
「何だよ。」

あのまま抱き合って、どれくらい経ったか。手のかかる子どものような恋人は、随分と落ち着いたようだった。さっきは清正を俺が支えていたから苦しかったが、今は俺が奴の胸板にもたれている。やっぱりこれが楽で良いな。俺の髪を不器用に、でも丁寧に梳く、この手が愛しいと思った。

「20年くらい先の話なんだが……。俺が41歳のときの10月1日は、ずっと一緒にいて欲しい。」

有り得ないって分かってるけど、少し…ほんの少しだけ不安になるのは許して欲しい。またこいつを置いて行くのは嫌なんだ。

「当たり前だ。もうあんな思いはしたくない。」

返事をすると同時に、清正が痛いくらいに俺を抱き締めた。そして、密着している俺だけに聞こえるような小さな声で言った。


死ぬまで一緒にいたい。


……何て殺し文句だ、馬鹿。

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