ままうえの悩み


 時刻は子の刻。日付が変わったばかりの深夜である。
 ようやく寝付いたわが子を見て、三成は安堵の息を吐いた。彼女は目の下に隈を作り、肌も荒れ気味であった。これの原因は虎々姫の夜泣きや夜間の授乳、おむつ替えによる睡眠不足に他ならないが、小さい子どもを育てている母親ならば多少は仕方のないことであった。秀吉やねねは三成を気遣い、乳母を用意すると言ってくれたのだが、できる限りは自分で育てたいと彼女はその申し出を丁重に断った。それを後悔はしていない。けれど、三成はあまり体力がある方ではないので近頃は参り気味であった。

 そして、三成にはこの睡眠不足の他に、もう一つ悩みがあった。
「やっと寝付いたか。」
 静かに襖が開き、現れたのは三成の恋人兼虎々の父親の清正だ。
「今夜も来たか……。」
 三成の悩みのタネは、何を隠そうこの男。清正は、自分の娘だと言うのに虎々を相手に嫉妬をするのだ。三成が姫ばかりに構うと露骨に拗ねる。とは言え赤ん坊の姫を長らく放っておく訳にもいかないし…。正に、「あちらを立てればこちらが立たず」と言った状態である。友人である吉継や行長に頼れば、清正の機嫌がもっと悪くなることは目に見えていて、三成は「忍のように分身ができれば…」とらしくもない考えをしては溜め息を漏らしていた(何故だか、虎々と清正の仲があまり良くないというのも頭が痛い問題だった)。
「三成。」
 さっさと三成の布団に入っては、彼女を手招きする清正。
「変な気を起こしたら叩き出すからな。」
「…分かってるよ。」
 時折、二人はこうして一緒に寝る(清正曰く「三成の補充」らしく、三成は強制的に彼の腕枕で寝ることになる)。愛しい恋人をようやくその腕に抱き締めることが叶い、清正は満足げにほほ笑んだ。
「…俺にもお前にも、やることがあるってのは分かってんだけどな。顔が見れないのはやっぱりしんどい。」
「清正……。」
 三成だって、彼から受ける愛情が嬉しくないはずがない。…過剰だと思うことはままあれど。彼女は、甘えるように清正の着物を掴んだ。
「疲れてるみたいだな。」
 清正が、三成の柔らかい髪をさらさらと梳きながら言う。
「別に…。」
「嘘吐け。明日は、ずっとついててやるから。」
「仕事は?」
「左近と正則に任せる。俺がいなくても、まぁ何とかなるだろ。」
「……なるか?」
 明日の慌ただしさを想像して、二人は顔を見合わせて笑った。
「さ、もう寝ろ。」
 清正の逞しい胸板に顔を埋めると、三成は彼の匂いに胸がドキドキした。



 迎えた翌朝。

 ―ゴツ!
「いってぇ!何だよ!?」
 頭に強い衝撃を受け、清正は目を覚ました。すると目の前にいたのは虎々だった。
「こ、虎々??」
 隣りの布団に寝てたはずなのに、と慌てて起き上がると、なんと虎々がふにふにした体を引きずりながらハイハイしているではないか。どうやらあの鈍い音は、娘が父に頭突きをブチかました音だったらしい。
「三成!起きろ!虎々が這ってるぞ!!」
「何!?」
「うー!」
 母親の元まで這って来ると、虎々は嬉しそうに笑顔を見せた。
「凄いじゃないか虎々!」
 三成に頭を撫でられて、虎々はきゃあきゃあ声を出して笑った。
「虎々、偉いぞ!」
 清正も、娘の成長に感激して思わずを虎々を抱き上げた。…が。
 ―べし!
 すかさず虎々は、父親の顔を小さな足で踏み付けたのだった。
「こ、この野郎おぉお!!」
「ぷぅ〜!(降ろせ〜!)」
「お前ら、朝から喚くのはやめないか!
…いや、この際そんなことはどうでもいい、秀吉様達に報告だ!…ぅわっ!?」
「そうだな!秀吉様、おねね様〜!!ついでに正則と左近!」
 虎々を小脇に抱え、ついでに三成までも担ぎ上げた清正が、長い廊下を勢い良く駆けて行った。





 ハイハイによって行動範囲が大幅に広がったお転婆姫に、これから非常に手を焼かされることになるとは……姫の成長に喜び浮かれる今の二人は知る由もなかった。
 三成の幸福な悩みのタネは、まだまだ尽きそうにないのであった。





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