豊臣マトリョーシカ


 「今日は冷えるな。もう弥生だってのに。」
 暦の上ではとうに春を迎えているのだが、まだまだ吹き付ける風は冷たい。清正は火鉢の中ですっかりと白くなってしまった炭を箸で軽くつつきながら、三成の腕の中で眠る自分達の娘、虎々姫を見やる。
「そうだな。虎々が風邪など引かぬように、暖かくしてやらねばな。」
「火、もっと焚くか?」
「ああ、頼む。」
 実の父親であるのに姫は清正に懐いておらず、彼が直接世話をしようとすると嫌々、とぐずり始めたり暴れ出したり、果ては泣きわめいてしまうのであった。ので清正は環境を整えたり三成のケアをすることで、間接的にやや子の世話を焼いていた。
「こうやって、ずっと寝ててくれりゃあ可愛いんだけどなぁ……。」
 清正は、虎々の柔い頬をぷにっと突っ突いた。三成は苦笑いを浮かべて少々悄気気味の恋人を慰める。
「もっと大きくなって、お前をきちんと父上と認識したら懐いてくれるだろうさ。」
「……そうだといいんだが…。」
(虎々は俺だって分かってて、嫌がってる気がするんだけどな…。)

 じとっと清正が至近距離でわが子を眺めていると、くしゅん、と三成が小さなくしゃみをした。
「三成、風邪か!?寒いか!?大丈夫か!?」
 それを聞いただけで、清正は慌てふためいた。乳飲み子が空腹を訴えたときには、母は寒かろうか暑かろうが衣を崩さねばならない。人より寒い思いをしているだろう三成を、彼は大層心配しているようだった。
(虎と恐れられる男が形無しだな……。)
 何だかおかしい気持ちと、愛されている、という喜びに三成の口許は優しく弧を描く。
「大丈夫だ。
だがやはり少し寒い、な…。」
 そう言って三成は、清正の隣りの座るとその逞しい腕にもたれた。
「ならもっとこっちに来い。」
 清正は彼女を抱き寄せ、背中からすっぽりと包むように抱き締めた。男の腕の中に女、その女の腕の中に子ども。それは正しく“親子”と言った構図であった(何となく、三人のサイズ的にもロシアの民芸品を彷彿とさせないこともなかったが、それを知る人間は恐らく日の本にはまだいないだろう)。



 虎々が目を覚まし、くりっとした茶色い瞳(ここだけは母親似である)をぱっちりと開けると、眠りに就く前と変わらず母の腕に抱かれていた。違うのは、その腕を後ろから父が支えているということ。まま上にこいつ何密着してるんだ、と少しぐずってはみたものの、二人を引きはがす手立てはなく、最後に「うー(無念)…」と唸ってから無駄な体力を使うのをやめた。そして父と母、自分を見詰める二人の眼差しの温もりに瞼が重くなり、小さな姫は再び夢の世界へと旅立った。



 「暖を取るなら、やはり人肌に勝るものは無いな。」
 愛しい番いに抱き締められ、三成は子猫のように目を細める。
「じゃあ、寒くなったらすぐ呼べよ。」
 清正は笑って、本気半分冗談半分でそう言うと三成の桜色をした唇にちゅっと音を立ててキスを落とした。それを受けて三成は、
「………今晩は、特別冷え込むそうだが…。お、俺が体調を崩しては虎々が困るし、そ…そのぅ……。」
 ちらちらと上目遣いで、なんて可愛らしいお誘い。朝までずっと温めてやるよ、と清正は恋人の赤くなった耳元に囁き、再びその唇を塞いだ。





 ……しかしその晩、虎々の夜泣きはまるでサイレンのようで、二人はまったくしっぽりとはいなかった。
「ち、畜生…っ!!」
 そして清正の虚しい叫びも、姫の泣き声にかき消され夜のひやりとした空気の中にただ溶けていくのみであった…。





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