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ままうえのお兄さん達
「吉継、これはまだ早いんじゃないか?」
困ったように笑っている三成の手には、一織の見事な着物。それは大分小振りなもので、彼女のものではなく彼女の娘、虎々のものであると思われる。
「そうかな?女の子の成長は早いと言うし、すぐに着れるようになるよ。」
その衣の贈り主は、三成の親友であり兄のような存在の、大谷吉継であった。それにしても、生まれて数か月しか経たぬやや子に贈るにしては、いささかサイズが大きいようだ。加えて、それは青緑色の生地に白い藤の花が描かれたもので、随分と大人びていて幼児にはあまり似つかわしく無いデザインだった。
「あとね、三成。これはお前に。」
そう言って吉継が差し出したのは、例の、虎々の着物と同じ柄をした大人用の着物。
「これは…。」
「そう、三成とお虎々と一緒だよ。」
目をぱちくりさせる三成に、吉継はにっこり笑う(吉継は、病気のために顔の大半を白い布で覆っていたが、彼が今笑ったことはありありと分かった)。親子で揃いに仕立てたため、彼はこのような渋めのデザインを選んだのであった。
「……す…すごく嬉しい…。ありがとう、吉継……。」
吉継に対してはつんけんした態度を決して取らぬ三成は、はにかんで笑いながら素直に礼を言った。
「さきちゃん、帯は俺が贈るでー!今度持って来るさかいに!その色の着物だと、帯は黄色?えんじ色?明るい色がええよなぁ、お虎々は何色が好きや?」
相変わらずの関西訛りに、早口でまくし立てるように喋るのは小西行長であった。行長は吉継と同じく三成の友人で、彼女より五つも年上なのだがいつまで経っても少年のように騒がしく、底抜けに明るい性格の持ち主であった。彼は子供が好きなのかこちらに来るなり虎々にべったりで、今も抱っこをして構い倒している。虎々も行長に懐いているようできゃあきゃあと笑っていた。
……そんな仲睦まじい四人を、つまらなそうに見ているのは清正だ。むしろこの空間では空気扱いされている。談笑する三成と吉継、楽しそうに遊んでいる虎々と行長。割って入る隙など無い。先日ねねに「吉継と三成の方が夫婦みたいだねぇ。」と言われて、地面めり込むほど落ち込んだのは記憶に新しいし、全体的に清正似であるはずの娘が、何故かその父親の宿敵である行長と仲良しなのだ。気分が良いはずがなかった。
イライラ
「虎々、行長おじちゃんに遊んでもらって良かったな。」
イライラ
「おじちゃんちゃう!お兄ちゃんや!
行長お兄ちゃんやで、お虎々。言うてみ、行長お・に・い・ちゃ・ん!」
イライラ
「うー…。」
イライラ
「まだ無理だよ、行長。」
イライラ……
ぷっつん。
「お前ら早く帰れ!!」
目の前で他の男とイチャつく恋人と娘に、我慢ができなくなった清正が思わず大声を上げる。
「ぁ、あ……うぁあああ〜!!」
その声に驚いて、虎々が泣き出す。
「清正、何だ急に!」
三成にとっては清正が突然怒り出したようにしか見えず、険しい顔をしている清正をきっと睨みつけた。その後ろでは、「お〜よしよしお虎々良い子やね〜。アホが騒いでびっくりしたなぁ、かわいそうに〜。あれお前のおとんやでぇ、かわいそうに〜。」と行長が虎々をあやしている。
「うるせぇ、急にじゃねーよ馬鹿!」
「何だと!?」
なんだか穏やかでは無い雰囲気の清正と三成をよそに、吉継がくすくすと笑っている。
「清正、奥さんと娘を取っちゃってごめんね。ヤキモチ焼いたんだろう?」
「…っ!!」
図星を突かれて清正は一気に顔を赤くした。
「よ、吉継、俺は“奥さん”ではない…っ!」
吉継の言葉に三成まで真っ赤になっている。
「はいはい、分かった分かった。行長、僕達はそろそろお暇しようか。」
「え〜!もう帰るんか!?」
「また来ればいいじゃないか。ほら、虎が怖いよ。」
名残惜しそうにする行長を連れて、吉継は帰って行った。二人が帰る際に、引き止めるように虎々はぐずった。
「吉兄には敵わねぇな…。」
二人を見送ってから、清正がぽつりと呟く。
「お前がもっと大人になればいいだけだろうが、馬鹿。」
旧友を追い返されたような形になった三成は、少々機嫌が悪かった。
「……悪ぃ。」
「別に。謝罪ならば吉継と行長にしてくれ。」
清正の謝罪に対し、三成はふん、と鼻を鳴らした。そして「ああ、そう言えば」と、何かを思い出したように口を開いた。
「今度、俺の兄が遊びに来ると言っていた。まだ虎々に会わせていないしな。」
「うぇ!あの人来んのかよ!」
「何だその言い草は。」
石田正澄。彼は流石は三成の兄だ、と言うくらいに四角四面な性格で、妹を溺愛していた。清正は、このまま三成と婚姻を結べば、義兄になる正澄が正直苦手でなのであった。“可愛い妹を奪って行った男”という認識だし、その上孕ませて出産させたのだ。どんな仕打ちを受けるやらと考えたくもなかった。
今日来た吉兄といい行長といい、三成には兄貴がたくさんいて大変だ!と小舅に囲まれた己の状態を嘆いた清正であった。
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