大江戸心中(清三・花魁パロ)


 ※武士清正×花魁三成で、「曽根崎心中」のパロ(しかし最早原型をとどめていません)。死ネタを含み、終止清三ですがハッピーエンドとは言えないかも知れません。






 「よう来てくれんしたなぁ、清正さん。」
 高価そうな簪を幾本も髪に挿し、豪奢な着物を纏った、美しい花魁。彼女は、縋るように清正の逞しい胸元へと顔を埋めた。愛しい女との逢瀬に、清正もすぐに花魁をぎゅっと抱き締める。
 だが、
「三成、その口調、やめろよ。」
「それっぽいと思ったのだがな。気に入らんか清正。」
「俺は客とは違うだろ馬鹿。」
 二人は即座に軽口を叩き始めた。



 清正と三成と呼ばれたこの女は、単なる客と女郎、と言う関係では無い(ちなみに三成の此処での名は、「牡丹」と言った)。
 二人は恋人同士で、七年ほど前に引き離された幼馴染みでもあった。家が生活に困窮したために、三成は遊郭に売られたのである。しかし無理やりでは無く、彼女は「家族のためなら」と進んで此処に来た。そのことに納得出来なかったのは清正で、少年はこの店の前で三成に会わせろ三成を返せと散々暴れた。それがいつしか、金を払って正規の方法で彼女に会えるまでの立派な武士に成長したのだった。



 「喋り方一つ取ったって、染み付きもするさ。此処に来てもう随分経つ。」
「……俺に、もっと金があれば良かったんだがな……。」
「何を言うか。お前と、家族のことを思えば辛いことなどありはしない。」
 渋い顔をする清正の頬を優しく撫でて、三成は続ける。
「大体、俺はもうある程度の我が儘なら言っても許される立場なのだぞ。一番の売れっ子だ。俺がお前を離したくないと言えば、一日中だって一緒にいられる。」
 ふふん、と悪戯っ子のような笑顔を見せる三成に、清正も小さく笑った(遊女になってもなお、決して汚れぬ幼馴染みに彼は何回安堵の笑みを浮かべただろうか)。そして、慣れた手付きで三成の着衣をするすると脱がせていった。



 夫婦にはなれぬさだめだったが、愛し愛され、確かに二人は幸せであった。





 しかし、その幸せは長くは続かなかった。清正が、家のために結婚を余儀なくされたのだ。相手は、非常に裕福な商人の娘。清正の両親にしてみれば、これ以上良い縁談は無い。
 清正は、三成に会うなりそのことを話した。まったくもって不本意な話だが、もうどうにもならない、と。



 「……どうして俺達、こんなに家に振り回されるんだろうな…。」
 清正は、何処か虚ろな目で自分達を犠牲にした身内へ恨み言を零す。結局三成も清正も、家族の意志で人生を決められてしまったことになる。煙管をふかしながら黙って彼の話を聞いていた三成だったが、一つ溜め息を吐いてから、気怠げに口を開いた。
「……実は、俺にも身請けの話が来ていてな。拒むことは出来んらしい。」
「!!」
 それを聞いた瞬間、清正の瞳が完全に絶望の色に染まった。


 しかし三成は、赤い紅の差された形の良い唇をにぃ、と釣り上げ、妖艶にほほ笑んだ。



 「ならば、一緒に死ぬか?」





 ―「死」。

 今の二人にとって、何より甘美な言葉だった。






 その晩、二人は遊郭を抜け出した。店の者に見付かれぬよう、慎重にかつ素早く花街から遠ざかる。清正と三成が向かった先は、高く切り立った岩壁。その下は、激しく渦巻く海だった。



 「これ、覚えてるか?」
「そんなの、まだ持ってたのかよ……。」
 三成が店から持ち出したものはたった一つ。彼女が女郎になって、一番最初に清正が贈ってくれた帯だった。何度も身に着けたものなので、黒色のそれは結んだ皺がくっきりと付いてくたくたになってしまっている。
「そんなの、とは失敬だな。一番のお気に入りなんだぞ。」
 その大切な帯を、三成は自分と清正の胴にしっかりと結び付けた。抱き合った二つの体に、何周も巻いて決して離れぬように。
「……昆布巻きにでもなった気分だ。」
 くすくす笑う三成に対して、清正が僅かに眉を顰める。
「お前、こんな状態でよくそんな冗談が言えるな…。」
「お前と一緒なのだ、何も怖く無い。」
「……そうか、そうだったな。」

 二人はほほ笑み合って、そっと唇を重ねた。





 いつものように、女は男の厚い胸板に顔を埋める。そして男は、女の細い体をきつく抱き締めた。それから二人は、此の世に別れを告げ海に身を投げた。






 翌日、名の売れた遊女と武家の男が心中したと俄かに町は騒がしくなった。



 そして、あの岩壁には、あの世で夫婦になった二人に花を手向けに来る者が後を絶たなかったと言う。





    ―終―



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