幼心、恋心B


 「おねね様、このお花もらってもいいですか?」
 虎之助は、庭先で揺れる白い花を指指して言った。
「うん、いいよ。」
 ねねはにっこりと笑って許可をした。
「誰かにあげるの?」
「はい、佐吉に!」
「そうかい、あの子もきっと喜ぶよ。」
 ねねは白くて可憐な花をそっと手折ると、虎之助に渡した。
「ありがとうございます!」
 快活な子供は、元気に廊下を走って行く。その後ろ姿を、ねねは笑顔で見送った。



 「佐吉!」
 佐吉は今日も熱心に書物を読んでいた。彼女が手にしている分厚い本には、表紙にさえも虎之助にはまだ読めぬ文字が踊っていた。
「…何だ。」
 読書の時間を邪魔され、ちょっと不機嫌そうに返事をする佐吉。
「これ、あげる!」
 さっきねねに摘んでもらった花を差し出す。
「花?…俺にか?」
「うん、おねね様が取って下さったんだ!」
 虎之助はにこにこしながら言う。佐吉はおずおずとその花を受け取ると、
「あ…ありがとう……。」
 頬を桃色に染めて、はにかみながら笑った。それを見た虎之助は、心臓がどきどきとうるさく鳴り顔中がかっと熱くなった。馬鹿みたいに喧しい鼓動のままに、虎之助は意を決して言葉を捻り出す。

「ね、ねぇ、佐吉!大きくなったら、おれのお嫁さんになって!」
「………。」
 しばしの逡巡。虎之助は、先とは違う意味でどきどきしていた。佐吉はゆっくりと口を開いた。
「……将来お前が、秀吉様よりいい男になったら考えてやる。」





 「………夢か……。」
 いつの間に眠ってしまったのか、もう日が暮れ始めて空は茜色へと変わりつつあった。清正は軽く目を擦る。しかし、随分と懐かしい夢を見ていたものだ。
「やっと起きたか。昼寝とはいい御身分だな。」
「三成。」
 不意に横から聞こえて来た声に上体を起こすと、見覚えのある羽織が体からずり落ちた。
(羽織、掛けてくれたのか……。)
 彼女の気遣いに知らず表情が緩む。
「なぁ三成。俺は、秀吉様よりいい男になれたと思うか?」
「…貴様まだ寝ぼけているのか?」
「ちげーよ。覚えてないなら、いい。」
 清正はがしがしと頭を掻いた。正直、そんな昔のことは自分自身も今まで忘れていたのだから、三成が忘れていたとて無理のない話だった。
「まだまだ、お前では秀吉様には遠く及ばん。よって当分お前の嫁にはなってやれぬな。」
 覚えていたのか!とばかりに勢いよく三成の方を向くと、彼女は楽しそうに笑っていた。その笑顔に、不覚にも頬が熱くなるのが分かった。
「秀吉様以上ってのは難しいかも知れねぇけど…今より立派な武人に必ずなってみせる。そうしたら、その…っ、俺と…「あー!さきちゃんみっけ!なぁ、南蛮の珍しいお菓子もろたんや、茶ぁ点てて一緒に食べようや!さきちゃん甘いもん好きやろ?日本のお菓子とは見た目も風味もひと味違うみたいやで〜。」
 それまでの空気など一切知らぬ行長が賑やかに割って入って来ると、得意のマシンガントークで三成をお茶に誘う。清正はいい雰囲気を邪魔されて、黙っていられる訳がなかった。
「ゆ、き、な、がぁあああ!!」
「何やお虎、またおるんか。俺はさきちゃんにしか用が無いんや。ホレしっし。」
「てんめぇ!!」
「お、何だ何だ!?」
 穏やかではない剣幕の二人に、事情をさっぱり知らぬはずの正則が騒ぎに乗じて混ざる。三者三様、ぎゃーぎゃーわーわー非常にうるさい。
「貴様ら、喧しいのだよっ!喧嘩ならば余所でやれ!!」
 三成が柳眉を逆立てて、負けずに怒鳴る。
「相変わらずだね、お前達は…。」 
 それを、吉継が少し遠くから眺めて笑っていたのだった。



 …何年経っても、豊臣の子飼い達は良くも悪くも変わらぬのであった。


   おしまい!



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