幼心、恋心A


 “チビスケ”、“小さい子”……。

 昼間弥九郎や佐吉に言われた言葉が胸に突き刺さり、虎之助は早く大きくなりたいとその晩からご飯をたくさん食べるようになった。次の朝から、皆より早く起きて人一倍鍛練に励むようになった。
(早く大きくなって、おれも佐吉を守れるくらい強くならなくちゃ。弥九郎なんかに負けないぞ!)




 ある日裏庭で薪割りの手伝いをしていると、部屋で文字や文章の練習をしている佐吉の姿が目に入った。いつもなら紀之介と一緒なのに、珍しいと思った。しかしこれは、佐吉に話しかけるチャンスでもあった(紀之介は賢く穏やかな性格だから、隣りにいたって決して邪魔ではないのだが)。

 黙々と筆を動かす佐吉。少々話しかけづらい雰囲気でもあったが…。
「佐吉、今日は一人なのか?」
 虎之助は思い切って声をかけた。その幼い声に、佐吉が振り返る。
「紀之介に用か?奴ならば東殿に会いに行っている。」
「うぅん、紀之兄に用事じゃない…。」
 自分を訪ねて来る人物は大体紀之介に何か用のある者なので、今回もそうだと佐吉は思ったのがどうやら違うらしい。
「?」
「ねぇ、佐吉はどうして紀之兄とばっかり一緒にいるの?」
「…質問の意図がよく分からないのだが。」
「いつも二人で一緒にいる。」
 虎之助はじぃ、と佐吉を見詰める。こんなに近くで彼女を見るのは初めてかも知れない。少しだけ考えて、佐吉は小さな声で答えた。
「……紀之介は、優しいから。」
「優しいからかぁ…。じゃあ、おれも佐吉に優しくしたら、一緒にいてくれる?」
「…ああ。」
 彼女はそう返事をすると、また文机に向き直ってしまった。
「そうか!」
 それを聞いた虎之助は、元気に庭へと駆けて行った。



 それから虎之助は、何かにつけて「佐吉、佐吉」と彼女を気にかけついて回るのだった。それゆえ、元々反りの合わぬ弥九郎と衝突する回数も増えてしまった。
「お前は何でいっつもさきちゃんの周りちょろちょろしとんのや!迷惑やろうが!」
「弥九郎だって佐吉にしつっこくして、鬱陶しいじゃないか!」
「いいぞお虎〜、負けんな〜!」
「…お前達いい加減にしろ。
弥九は年長者としてもっと我慢をしろ。お虎もあまり挑発に乗るな。あと市松は黙っていろ。」
 ぎゃんぎゃんと言い争う二人と、何だかよく分かっていないが一緒になって騒ぐ市松を佐吉がたしなめ、その様子を紀之介が笑いながら見守る…。いつからか、それが豊臣家の日常となってしまったのだった。



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