過去拍手23(BSR・幸三、現パロ)
土曜日の夜8時30分、三成は一人きりの部屋で充電器に差してある携帯電話に手を伸ばした。いつもは他人を寄せ付けないような鋭い眼差しをしている三成だったが、最近買い替えたばかりのスマートフォンを操作しているその横顔は穏やかに見える。
二回画面をタップしただけで、目的の人物を呼び出してくれる小さな機械。これは彼にとって、大切な人と自分を繋いでくれる手放せないツールなのでだった。
「もしもし!」
一回も鳴り終わらぬうちに、呼び出し音は三成の恋人、幸村の元気な声に切り替わった。それに三成の口元は、知らずに緩む。
「元気そうだな、相変わらず。」
「毎週のこの時間のお陰で、某はいつでも元気でござる!」
二人はいわゆる遠距離恋愛の真っ最中だった。幸村は長野県に、三成は大阪府にそれぞれ住んでいて、彼らの間に横たわる距離は約400km。なかなか会えない代わりに、毎週土曜日の8時半には必ず電話をすると決めていた。
言うなればそれは、週に一度きりの、機械越しの逢瀬なのであった。
「そうそう、聞いて下され三成殿!最近、駅の近くにドーナツ屋さんができまして、そこの商品がどれも絶品なのでございます!昨日も、6つも食べてしまい申した。」
「食べ過ぎて腹を壊したりするなよ。……いや、貴様には不要な心配か。」
「ひ、酷うござる!」
「ふん、事実だ。」
他愛の無い会話を交わすこの時間が、二人にとってはかけがえのないひとときであった。近くの道路をパトカーがサイレンを鳴らして通って行ったが、電話の向こうの幸村はもちろん、三成もそれには気が付かなかった。
「かように美味なドーナツを、三成殿にも是非味わって頂きたく…。」
幸村の声と共にスピーカーの向こうからじゅる、という音が聞こえて、三成はわずかに顔をしかめた。しかしその表情から読み取れる感情は、『不快である』と言うよりも『呆れている』と言った方が正しそうである。
(…しようの無い奴だ。)
大方、幸村はドーナツの甘い味を想像してよだれが出たのだろう。遠く離れた恋人の様子が目に浮かぶようで、三成は眉をハの字にして困ったように笑った。当然知る由も無いのだが、幸村がその優しい表情を見れなかったのは残念の一言に尽きる。
「そんなに言うのなら、今度こちらに来るときの手土産にしろ。秀吉様と半兵衛様と、刑部の分を忘れるなよ。」
「もちろんにござる!」
ふと、二人の間に沈黙が流れた。こうして声を聞けるだけで充分に幸せだが、いつでも会うことが叶わないのは寂しいもの。
「次に会えるのは、来月だったか?」
先に口を開いたのは三成の方で、幸村はそれに明るい声で返事をした。
「ええ、あと16日後ですな!某が大阪に参ります!」
「……まさか、一日一日と数えているのか?」
「左様にございます。あまりに、待ち遠しいもので…。」
「貴様という奴は……。」
三成は、幸村が愛しい気持ちでいっぱいになった。
今すぐに、抱きしめて、キスをして欲しかった。
「三成殿…目を、閉じて下さりませぬか?」
「…?
分かった、閉じたぞ。」
「では少しだけ屈むようにして、下を向いて下され。腕は…そうでござるな、三成殿が楽なように。」
「一体何なんだ?」
「いいからそうして下さいませ。ちょっと、髪の毛を失礼致しまする。」
こいつは何をさせる気なのか、と思ったところで、三成は気が付いた。
目を閉じて、少しだけ屈むのは。そして、あいつが私の髪の毛を手で退けるのは。
(キスを、するときの……。)
ーちゅっ。
そう思い至るとすぐに聞こえたリップ音。
直接何かをされたわけでも無いのに、三成は顔を真っ赤にしてしまった。
「…ものすごく、貴殿とキスがしたくなって。突然申し訳無うございました。」
感じる雰囲気から、幸村も相当に照れているのが分かった。しかし三成は恥ずかしいとか馬鹿な真似をして、とか思うよりも、温かい気持ちで胸が満たされていた。
「離れていても、同じ気持ちなのだな。」
「へ?何でござるか?」
「いや、何でも無い。
では、切るぞ。おやすみ。」
「えっ!?ちょ…っ、三成ど」
ープツ。
ーツーツーツー……。
このように一方的に電話を切るのは初めてだったが、三成に思うところは無かった。むしろこうせねば、彼を恋しく想う心が爆発してしまうところであった。
会えないのが我慢できないだなんて、矜恃が許さないのだ。
三成は携帯電話のマイクの部分にそっとキスをして、再び充電器のプラグに接続をした。
今夜は、良い夢が見られそうだった。
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