過去拍手21(BSR・佐三?)


当番の兵士や家来達以外は皆寝静まっているであろう、丑の刻を少し回った頃。大坂城の現城主である石田三成はまだ休んでおらず、明かりを灯して読書をしていた。彼の手元にある分厚い書物は、随分と読み込まれた物らしくかなり傷んでいて、ページが取れかかっていたり、端が破れていたりした。実はこの兵法の書は三成が尊敬して止まぬ軍師の愛読書で、既に内容を諳んじることが容易くできるのだが、三成は戦の前となるとこの書に必ず目を通すのであった。まるで、半兵衛に今一度教えを受けているかのように。



「真田の忍か。」

三成は静かに、本から視線を外すことも無くそう言った。そして、暗闇から返事が一つ。

「あちゃぁ、またバレちゃった?」

黒い煙のような物に巻かれて、床下から湧き上がるように現れたのは猿飛佐助であった。

「私を監視して、何か得られるものはあったか?」
「監視だなんて人聞きの悪い!うちの大将がさぁ、凶王の旦那があんまり寝てないって心配してたもんだから、ちょっと様子を見に来てただけだよ。」
「ふん、どうだかな。」

こうして会話をしている間も、三成はページを捲る手を止めなかった。僅かな風圧で、時折明かりが揺れる。

「それより、いい加減俺様の名前を覚えてくれませんかね?いつまでも『真田の忍』呼ばわりはちょっと…。」

三成は必要としない人物の名などは覚えない質の人間で、奥州の王、伊達政宗でさえその例外では無かった。佐助は自分もそれと同列なのかと思うと、少々不愉快なのであった。

「必要無い。」
「ははっ、手厳しいなー……。」

だがあっさりと切り捨てられ、佐助は苦笑いを浮かべた。

「そういう貴様こそ、他人の名をきちんと呼ばないではないか。」
「それは、あだ名って言うか何て言うか。俺様は、ちゃんとみんなの名前覚えてるから。ねぇ、石田三成様?」
「やめろ寒気がする。」

少しの嫌味を込めた台詞にようやく三成が佐助の方を向く。夜目が利く三成には、暗闇の中で佐助が白い歯を見せて笑ったのが確認できた。

「凶王の旦那は、俺様を斬ったりはしないんだね。同盟相手の忍者とは言え、それこそ監視されてたりするかも知れないのに。」
「対象に気付かれてしまうような愚鈍な忍、殺す価値も無い。」
「…ほんと厳しいねアンタ。」

散々な言われようにさすがに頭に来かけたが、三成が「それに」と呟いたので佐助は先を促した。

「それに?」
「貴様は私を裏切らない。」

忍たるものやすやすと感情を露わにしてはいけないが、不意を突かれたその発言に佐助は目を丸くして驚いた。その表情は、少しだけ滑稽だったかも知れない。

「どうしてそう、断言できるの?」

佐助は平静を装いながら言葉を返した。小さな橙色の光に照らされる三成は儚く見えるのに、己を見据える黄金色の瞳はとても力強い。素直に、彼を美しいと思った。

「真田は私を裏切らない。そして、貴様は真田を裏切らない。だから、貴様は私を裏切らない。」

何て単純な方程式だろうか。目の前の豊臣の大将は、それだけのことで自分を信じ切っている。

(俺様が、武田のためにアンタを裏切らないとも限らないのに。)

何て真っ直ぐな人。

(…なるほど、うちの大将が惚れ込むわけだ。)

他の軍勢からは凶王と呼ばれ恐れられているはずの三成に、何故幸村が惹かれているのか。佐助はなんとなく理解した気がした。

「アンタの側にいるのも、悪く無いかも知れないな。」

そうして零した言葉を、三成は聞き逃さなかった。

「猿飛、貴様っ!!真田を裏切る気か!?」
「石田の旦那、俺様の名前!覚えててくれたんじゃん!感激っ!」
「うるさい!答えろ!主を簡単に見限るのは許さない!!」

三成に掴み掛かられたが、佐助の口元は緩んでいた。



(大将の恋敵にはなりたくないんだけどな……。)

ヤバいね、俺様も凶王にハマりそう。

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