過去拍手14(無双・清三)


まだ空が薄っすらと青く星の瞬きさえも僅かに確認できる、夜も明け切らぬ早朝のこと。虎之助は軽い足取りで廊下を歩いていた。

「きっと、今日も一番乗りだ!」

虎之助は、毎朝起床してから朝餉までの時間、必ず道場へと行き木刀を振るっていた。同じく朝の鍛錬を日課とする仲間も多かったが、大抵虎之助が一番にやって来て汗を流しているのだった。

目を覚ますためにまずは冷たい水で顔を洗おう、そう思って手拭いを片手に井戸へと来たのだがそこには先客がいた。あの銅色の髪の毛は……。

「佐吉!」

虎之助の大きな声に、桶に水を汲んでいた佐吉が顔を上げた。

「虎之助か、早いな……と、何だその頭は。」

佐吉は、虎之助の姿を確認するや否やふふっと吹き出して笑った。

「え?あ、頭?」

佐吉の視線を辿り、己の頭に触れてみるが虎之助は何故笑われているのか分からない。

「寝癖が付いている。来い、直してやろう。」
「じ、自分で直せるっ!」

虎之助は佐吉の申し出を断ったが、「弥九郎に笑われるぞ」と言われてやはり彼に髪を整えてもらうことに決めた。虎之助は、ライバルの弥九郎に嫌味を言われたりからかわれたりすることが読み書きの勉強よりずっとずっと嫌いだった。

「今朝も鍛錬か?いつも早くから関心だな。」

虎之助の銀色の髪を軽く濡らしながら、佐吉が言う。そうそう人を褒めぬ佐吉が珍しい、と思ったが、彼にそう言われて素直に嬉しかったので、虎之助はそれを口には出さなかった。

「佐吉だって早いじゃないか。何かあるのか?」
「読みかけの本があってな。今日はその内容について紀之介と論を交わす約束をしている。朝餉までには読み終わりたいのだ。」
「へぇ……。」
「紀之介とはなかなか意見が合う。此度の書物の解釈も、恐らくは一致するだろう。だから、読み切るのが楽しみなのだ。」
「…ふぅん……。」

嬉しそうに喋る佐吉に気の無い返事をしながら、虎之助は心がざわざわと落ち着かないことに気が付いた。

(俺といるのに、他の奴の話なんか……。)

しかし、虎之助は早朝の涼やかな風と自分の髪を撫ぜる佐吉の手の心地良さに目を閉じて、そのちくりと痛む気持ちに蓋をした(昨日もっとちゃんと頭を洗えば良かった、とか、寝汗でべたべたしていないだろうか、とか、汚いと思われてたら嫌だな、とか。そんなことを考えながら)。



「夢か…。」
目を覚ました清正が、戸を開けると先ほどまで見ていた夢と同じような時刻らしかった。東の空が白んで、夜が朝の光に押されている。起きるには少々早いかも知れないが、再び布団に入る気にもなれず、清正はもう起きてしまうことにした。しかし、懐かしい夢を見たものだ。

井戸場に向かうと、あのときと同じく先客がいた。

「はよ、三成。」
「清正か。」

三成は清正を見るなり目を細めて、少し背伸びをして彼の短い髪に触った。

「みっともないぞ、寝癖など付けて。直してやろう。」

清正は一気に頬が熱くなった。

(昔から、俺は何一つ変わっちゃいない。)


ーみっともなく寝癖を作るのも、こいつを想う気持ちも。


人目が無いのを良いことに、清正は三成を抱き寄せた。

「そうしてくれ。行長に笑われるのは御免だしな。」

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