幸福よさんざめく降り注げ!D


そんなげろげろに甘い空気は、一人の小姓の登場により壊された。彼は三成と幸村の前で跪くと、困惑した様子でこう告げた。

「三成様と幸村様にお目通りを求める女が参りました。何でも、先日の捨て子の母親だと言っているそうで…。怪しいので門の前で止めておりますが、いかがなされますか?」

勝吉のことについては、城内で箝口令を敷いていたとか特別そういうことはしていなかったので、「真田夫妻が捨て子を拾ったらしい」と噂として外部に漏れていると幸村達も認識していた。今まで城外の人間が直接それに触れてくることがなかったから考えてもみなかったが、やや子の親を騙る不届き者が現れてもおかしくはないだろう。今来ている女もその手の者かも知れない。
しかし。

「何か、証拠になるような物は持っていそうか?」

帰れと言うのは簡単であるが、もしも本当に勝吉の母親だったら…。あの捨て子の親を探す手掛かりになればいいと、三成達はその女に会ってやることにした。



万が一があってはいけないので勝吉は乳母である初芽の姉と共に別室に待機させて、幸村、三成、佐助、吉継、初芽の五人は例の女が通された城内で一番粗末な応接間へと向かった。
粗末とは言えそこは天下の大坂城。素性の知れぬ者を通すには勿体無いような部屋で、女といえども暴れたりされては大変だと警備の兵が六人も付いたのであった。

三成達が部屋に入ると、ガタガタ震えながら頭を垂れている若い娘がいた。屈強な男達に囲まれた上に有名な貴人にお目通りするとなれば、無理もないことである。佐助はそれを見て、彼女は勝吉の本当の母なのではないかと思った。赤子をだしに金品をせびりに来た小悪党であるならば、こんな目に遭う前に逃げ出してしまうであろう。
例の娘を試すためなのか元々そういう態度なのかは分からないが、三成の放つ威圧感は半端では無く、正に『城主様』といった雰囲気を醸し出していた。つい先ほどまで旦那といちゃいちゃしてふにゃふにゃになっていた女性と同一人物とはとても思えない。三成がそのまま牽制役となり、萎縮し切りな娘への質問は初芽と吉継が交互にした。彼女はそれに、つっかえながらも丁寧に答えた。

名前はフミといい、年は十八。まだあどけなさの残る幼い顔付きをしていて、豊かな黒髪と漆黒の瞳が印象的な娘だった。また、お世辞にも上等とは言えぬ着物を纏っていたものの、身なり自体は清潔なものであった。
彼女はここから五里ほど離れた村に生まれ、二年前にここ大坂に嫁いで来たらしい。亭主と二人で提灯張りの仕事をして細々と暮らしていたが、その夫はフミの妊娠が分かった頃に病に倒れた。夫婦二人三脚で必死に闘病生活を続けるも出産がもう間もなくというところで夫は力尽き、亡くなってしまったんだそうだ。
それからフミの記憶は曖昧で、どうやって主人を弔ったかもどうやって子を生んだのかも覚えていないと言う。気が付いたら故郷の村にいて、両親と二人の弟は何も言わず何も聞かず何事もなかったように振る舞うので、混乱しながらも自分もそれに倣い結婚前のような生活をまた始めた。しかし、件の捨て子の噂を聞き、それをきっかけに少しずつだが記憶が蘇っていったと彼女は目に涙を浮かべながら話した。

「夫が死んでからすぐのことはあまりよく思い出せませんが、生んだ子どものことは思い出せます。きっと、あたしはその子を置き去りにして逃げたんだ。なんてひどいことをしたんだろう…っ!」

フミは、畳に突っ伏してとうとう泣き出してしまった。

「三成様、やや子を返して欲しいなどと言う資格があたしにあるとは思っていません。どうか、この人でなしに罰を与えて下さい。そうしたらたったの一度でいい、子どもに会わせては頂けませんか。一言、謝らせては頂けませんか…。」

そう涙声で訴えるフミに、幸村達は驚いた。てっきり子どもを返せと求められるとばかり思っていたのだ。罰を与えて謝らせて欲しい、とは。
その痛々しく健気な姿に、佐助だけでなく初芽も彼女が勝吉の母親で間違いないのではないかと思った。だが吉継はフミへの質疑をやめない。

「ふむ、話の辻褄が合わぬことはないな。しかし、ぬしをあの捨て子の母親を認めるにはちと証拠が足りぬ。まずは、赤ん坊の性別を申してみよ。」
「男です。あたしと同じ、黒髪の男の子です。」

黒い髪と黒くて真ん丸の瞳。目の前の娘と勝吉は、同じ髪と目を持っていた。

「あと、生え際の、右側のこめかみ辺りに黒子が二つ並んでいます。死んだあの人にも似たような場所に黒子があったから、覚えているんです。」

そう言ったフミの表情は必死で、真剣そのものであった。とても嘘を吐いているようには思えない。

「それは知らなんだ。初芽、確認に行って来やれ。」
「はい!」

吉継に指示され、初芽が出て行った部屋ではしばしの沈黙が流れた。

「黒子の確認ができたら、あたしが捨て子の母親だと信じて頂けますか?」

その言葉に、三成達四人は皆頷いた。



「ありました!!黒子!二つ!右のこめかみの辺りに!!」

初芽はバタバタと音を立てながら走って来て、応接間の入り口に辿り着く前に大声でそう報告した。それを無礼だと咎める者はここにはいない。

「ならば、間違いないな。」

ここに入って来てから、終始フミを睨み付けていた三成が初めて言葉を発した。その瞳には先ほどまでの鋭さは見えない。

「信じて頂けましたか。どうか、どうかあたしに罰を…っ!」

泣きながら懇願する娘を見下ろし、三成は吸いもしない煙管をいじって考える素振りを見せた。豪奢な打掛を肩に引っ掛け白い足を投げ出して座るその姿は、花街の遊女を思い起こさせるほど艶かしい。

「罰、か……。

そうだな、貴様は捨てた子どもの母親になれ。そしてその子を立派に育て上げろ。それが、貴様にできる一度遺棄した我が子への最大の償いだ。それが、死んだ亭主のためにもなる。」
「み、三成様…っ!!」

三成の言葉を聞いて、フミの涙は止まるどころか次々と溢れ出て来る。彼女はしゃくり上げながら、ありがとうございます、ありがとうございますと繰り返した。

「私はもう行く。刑部、あとは任せた。」

いじくっていた煙管を足元に転がすと、三成は足早に部屋を出てしまった。幸村は慌ててそれを追いかけて行く。

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