幸福よさんざめく降り注げ!C


季節が秋から冬へと移り変わり、勝吉はようやく首が座って、目鼻立ちもだいぶはっきりしてきた。そして、あーとかうーとか不明瞭ではあるものの、時折何かを訴えるように言葉を発するようにもなった。この乳飲み児に『しょうちゃん』という愛称を付けて非常に可愛がっている初芽は、「これでおんぶができますね!」と首が座ってすぐにおぶい紐を用意してきたのであった。それからというもの、勝吉は大体初芽(もしくは佐助)の背中にいた。

勝吉が様々な人間に溺愛されているのは相変わらずだが、様子のおかしかった三成は幸村のお陰ですっかり元気を取り戻し、食事も睡眠もしっかりと摂るようになった。肌の調子も良くなり、ほんの少しではあるものの痩せ過ぎの体型にも改善が見られて、「三成様、また美しくなられて…」と古株の家臣達は感激していた。年嵩の女中達も「女を綺麗にするのはやっぱり男の愛情ね」と仕事の合間に談笑しながら三成の回復を喜んでいた。

佐助は定期的に甲斐の武田信玄に大坂の様子を伝えに行っているのだが、最近報告に参上する際は、いつも口元が緩んでいる。幸村の師であり彼を息子も同然と思っている信玄は、悪い報告を聞かないことを大層嬉しく思っていたのであった。「平和過ぎて体がなまっちまいますよ」と佐助がふざけてこぼすくらいに、穏やかな日々が続いていた。



正午を過ぎても吐く息が白く、ひどく冷え込む曇り空の日のこと。

「達磨みたいだな。」

三成は勝吉を見るなり、先の言葉を贈った。
勝吉は寒くないようにと何重にも着物を着せられ布を巻かれ、まるでよーく育ったサツマイモのように丸く膨れていた。

「風邪を引いたら大変ですからね。」

そのむくむくしたサツマイモは布団の上に転がっていて、寝かしつけるために傍らには初芽がいた。だが、三成の登場を喜んでいるのか勝吉は興奮しているようで、手足をバタつかせて眠る気配を一切見せない。

「しょうちゃん、もうお昼寝の時間ですよ〜。」

初芽は優しくとんとんと胸を叩くが、勝吉のくりっとした瞳はぱっちりと開かれたままだ。

「…仕方がないな。」

三成は勝吉を抱き上げると子守唄を歌った。するとどうだろう、やや子がころりと眠ってしまったではないか。勝吉に以外聞かせるつもりのないその歌声はか細かったが、繊細で澄んだそれは初芽の耳も癒した。素敵な歌だと本心から褒めると、

「半兵衛様が、よく寝所で歌って下さった歌だ。私が真似をするのも恐れ多いが…。」

三成はそう言うと、恥ずかしいのかそっぽを向いてしまった。この歌は、隣で歌ってくれた半兵衛の柔和な笑顔を思い出す、大切な大切な子守唄なのであった。

そこへ、三成の声を耳敏く聞き付けた幸村が部屋へと飛び込んで来た。

「三成殿、こちらにいらしたか!」
「幸村様お静かに。しょうちゃんが起きてしまいます。」

大声を出した彼をすかさず初芽がたしなめたが、勝吉は三成の腕の中で気持ち良さそうに寝息を立てている。それを確認して初芽が胸を撫で下ろしたのも束の間、

ースッパーン!

「大将、仕事ほっぽり出して何やってんの!?」

今度は佐助が勢い良く襖を開けて襲来して来た。それに初芽が思わず声を荒げる。

「もうっ、猿飛様まで!たった今寝ついたところなのに!!」

結局は彼女の怒鳴り声が引き金となり、勝吉は目を覚ましてしまった。

「まったく貴様らは揃いも揃って…。」

三成は溜め息を一つ吐くと、再びあの歌を歌った。ふえふえと泣いてぐずっていた赤子は再度眠りに落ち、幸村達三人は美しい歌声にうっとりとしている。

勝吉を綿のたくさん詰まった布団に寝かすと、三成は後ろから幸村に抱き締められた。

「勝吉ばかりずるうございます。某だって三成殿に抱っこして頂きたいのに…。」

そうこぼしてぷぅと頬を膨らます様子はまさに子ども。たまらず三成は吹き出して、「こんなに大きな子ども、私に抱き上げることは不可能だ」と舌を出した。

「ならば某がそなたを抱っこしまする。」

そう言うと幸村は、妻をひょいと横抱きにした。やはり彼女は軽かった。

「三成殿は軽うござるな。まるで羽衣を纏った天女のようにござる。そなたが本当に天女ならば、某は急いで羽衣を隠さねばなりませぬ。もうどこへも行かれないように。」
「馬鹿……。」

言葉だけを聞けば相手を罵倒するそれであるが、頬を赤く染めた三成が発した『馬鹿』は、言い方があまりに色っぽく、甘えるような雰囲気を出していた。
ぐっすり眠っている赤ん坊と部屋の隅で砂を吐いている従者二人を置き去りにして、幸村と三成は桃色の空気に包まれる。それは幕でも作って周りを見えなくする効果でもあるのか、そのまま二人は顔を近付けていく。

…佐助は、主君とその奥方であるのだが、人目をはばからずいちゃつく幸村達を思い切りひっぱたいてやりたい衝動に駆られていた。

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