幸福よさんざめく降り注げ!B


三成はそう言うと幸村を部屋に招き入れ、その手をぎゅっと両手で握った。戦の無い平かな世の中になったとは言え日々鍛錬を欠かさぬ彼の手は、少しだけかさついていて男らしくたくましい。それに対して三成の白い手は冷やりとしていて頼りなく、ぞっとするほど細かった。

幸村が妻の手を握り返すより早く、三成が口を開いた。


「側室を取れ。」


幸村、何を言われたのか分からなかった。
自分達は、充てがわれた嫁や婿では無いのだ。愛し愛され夫婦となったのに、何故三成は、自ら他の女を愛すよう言うのか。

何も言えずにいる幸村に、三成はなおも続ける。

「私より、貴様ともっと相性の良い女がきっといるはずだ。私よりも若くて美しくて、体つきも柔らかくて、ずっとずっと素直で、愛嬌のあるような娘が。
そうだ、刑部に相談したらいい。奴はああ見えて、豊富な人脈を誇るからな。貴様の側女になりたい女ならたくさんいるはずだしすぐに良いのが見付かるだろう。」

三成がこんなに喋るのを久しぶりに聞いた。しかし幸村は、彼女の声をこれ以上聞きたくないと思った。

「貴様の子なら、誰の腹から出て来ようとも愛らしいに違い無い。第一に、貴様の子どもを私が愛せぬはずがあるか。」

三成は笑っていた。そんな表情だって、久しぶりに見た。でも、こんなに痛々しい笑顔なんて見たくない。

「貴様の血を絶やすわけにはいかん。」

いやだ。
幸村は、震える声でそう言った。

「側室なんていりませぬ!!どうしてそんなこと、今更、何故!!」

幸村は三成の手を振り払うと彼女の肩を強く んだ。薄い肩にぎりりと指が食い込むが、三成は痛そうな素振りは見せなかった。

「私が石女だからだ。」
「そのようなことは!」
「言い切れないだろう!!」

今まで淡々と喋っていた三成が急に声を荒げる。するとそれで箍が外れてしまったのか、その勢いのままこれまでの思いをぶちまけるかのように叫んだ。それは激しく憤っているようにも、嘆き悲しんでいるようにも聞こえた。

「私達は何度共に寝た!?既に両の手両の足の数では全く足りないほどにまぐわった!しかしこの腹は平たく薄いままだ!!
勝吉をあのように可愛いがって、貴様は子どもが欲しいのだろう?私では、貴様の注いだ愛を形にしてやることができない!!」

最後に、静かに「すまない」と謝った三成の瞳からは、一筋の涙が流れた。



「あ、あぁ……。」

情けない呻くような声を漏らし、顔をぐしゃりと歪ませたのは幸村だった。

「何故、そなたを苦しめていたことに気付けなかったのだろう…。」

彼は、三成の肩を押しそのまま被さるようにして布団の上へ倒れ込んだ。たやすく折れてしまいそうな彼女の体を傷付けないよう、なるべくそうっと。

「俺は三成殿しかいらない。他のおなごに触るくらいなら、子などいらない。」

幸村は三成の白い頬に唇を寄せると、涙を舌ですくった。抵抗をする気が無いのかそうする力が無いのか、三成はされるがままで夫の体を押し返したりはしなかった。

「この瞳に、そなたしか映らなかったらどれだけ幸福か。この手だって、そなたに触れるためだけにある。この足はそなたの側に行くために土を踏む。この口はそなたの名を呼ぶため、この唇はそなたの口を吸うために。この心の臓は、そなたと共にいるときだけ幸せだと痛いほどに泣く。
この心も体も、魂でさえも。俺の全ては、最早そなたのためだけに存在しておりまする。

そなた以外の、取るに足らない娘を抱く理由など、ただの一つもございませぬ。」

馬鹿な。馬鹿な馬鹿な。
三成はそう絞り出すように呟いたが、真っ直ぐに自分を見詰める男の澄んだ瞳には、嘘は少しも見えなかった。

「今までに俺が、そなたに偽りを申したことがあったか?」

そう言って優しくほほ笑んだ幸村に、三成は涙をぼろぼろと流しながら何度も首を振った。





爪先からつむじまで、幸村は三成の体中にキスを落として全身をくまなく愛撫した。妻がくすぐったいと身をよじっても、彼は愛情のこもるそれをやめなかった。
三成はその行為を止めるのを諦めて、わずかにだけ膨らんでいる胸に顔をうずめる伴侶の柔らかい髪を撫でた。

「まるで、幸村が赤ん坊のようだ。」

出もしない乳を吸われて困ったように笑うと、幸村が面を上げる。

「こうして三成殿を独占できるなら、某がややになってもいいかと思いまする。」
「……貴様に付ける薬は無いな。本当に馬鹿だ。」
「自覚は大いに。」

キスをしたり撫でるように触れたりしかしない幸村に、三成は「好きにして構わない」と言った。彼の下半身の状態には気付いていたから、自分に気を遣う必要は無いと思ってのことだった。しかし幸村は、「もう好きにしておりまする」と返事をした。

「そなたは某の一等大切な姫、優しく愛しとうございます。」

三成の瞳からは、止まったはずの涙が再びこぼれた。「私は姫じゃない」とか「また妙なことを」とか言ってやりたかったのだが、彼女の口からはいつもの強気なセリフは何も出てこなかった。ただ、好き、と切ない声が漏れるだけだった。

ゆきむら、しあわせ、きもちいい、あいしてる。
三成は喘ぎ声や呼吸の合間にこの四つの言葉を繰り返した。その度に幸村が頬を赤くして嬉しそうに笑ってくれた。「俺もだ」と必ず言って。

三成は幸福と情愛の海に溺れながら、幸村の熱が胎内の奥で爆ぜるのを感じた。その熱は、彼女の中のわだかまりを完全に溶かした。

今宵の美しい満月の光も庭で鳴いている虫達の歌声も、皺くちゃの褥に沈む二人には届いていなかった。





翌朝は、初芽の気遣いにより二人はゆっくりと眠っていることができた。だいぶ日が高くなった頃に揃って起きてきた彼らを見て、吉継は頭巾と包帯の下で満足そうに笑った。親友の瞳に強い光が戻っていて、その胸にあった重苦しい何かが消えて無くなったことが分かったからであった。

「随分と仲の良いご登場よなァ。昨晩は楽しかったか?」
「お、大谷殿っ!!」
「刑部、何を言う!」

心配をかけた駄賃にと、二人をからかうのを忘れない辺りが非常に彼らしい。

幸村と三成を見付けた初芽がどこからか飛んで来て、二人の前に立ちはだかった。付き合いの長い三成は、仁王立ちをしている彼女の雰囲気からこれからお説教が始まることを悟ったのだが、その心当たりが無く首を傾げた。

「三成様!何ですかあれは!!」
「何、とは何だ?」
「何だとは何だとは何ですかっ!!」

予想通りに始まったお説教。その声に驚いた女中がこちらを振り返ったが、初芽らの姿を確認するとすぐに雑巾を片手に仕事に戻った。こんな光景は、ここではよく見られること。
ぽかんとする幸村を他所に、初芽は三成にまくし立てる。彼女の後ろでは、吉継が笑っていた。

「昨夜、幸村様に側室を取れっておっしゃりやがったことですよ!」
「は、初芽殿、言葉遣いが…。」
「幸村様は黙っていらっしゃい!」

初芽が気付いているかは分からないが、吉継が腹を抱えて笑っているのが三成達にはよく見えた。

「三成様は、幸村様が不能だったら他の殿方と子どもを作ると申されるのですか!?貴女様の昨日の発言は、そう言っているのと変わらないのですよ!?」
「不能っ!!?」

幸村が衝撃を受けているが初芽はそれを気にも留めていない。いつの間にか現れた佐助が、勝吉を片手に抱きながら笑い過ぎて呼吸困難になっている吉継の背中をさすっていた。

「そんなわけがあるか!!幸村以外の男に触れられるくらいならば舌を噛んで死ぬ!!」
「そうでしょうとも。ならば何故、幸村様も同じ気持ちだと思われなかったのですか?お二人は夫婦なのですから。」
「それは……。」

夫のことを思いやっていなかったと言われているようで、三成は下を向いて黙ってしまった。初芽はまだ何か言いたそうだが、そんな彼女を宥めたのは佐助だった。

「まぁまぁ初芽ちゃん、もう片付いた問題なんだからいいじゃない。迷える妻を導くのは旦那の仕事。それはさ、昨日のうちに真田の大将が見事にやってのけただろ?」
「それはそうですけど、私はどうしても我慢ならなくて…。」



ーふと、幸村と三成は思った。

何故彼らが、昨晩の我々の会話の内容を知っているのか。

どう考えても、理由は一つしか無いであろう。

「佐助!!」
「初芽!!」
「「覗いていたのか!?」」

二人は顔を真っ赤にして従者達を睨みつけた。それは「紅蓮の鬼」・「凶王」の通り名に相応しい戦場さながらの迫力であったが、これに怯むようでは部下など務まらない。初芽と佐助は顔を見合わせてにやりと不気味に笑った。

「愛してる、幸村ぁ…!って言って大将に縋ってるお嬢は最高に可愛かったよね〜。」
「幸村様だって、『俺もだ』って頷いてるところはいつにも増して男前でしたよ!」

その瞬間、闇色のオーラが辺りを包み巨大な火柱が上がった。

「「覚悟しろぉおお!!」」

怒り狂う主二人、逃げ惑う従者二人。
佐助に任された勝吉を抱いて、吉継は輿に乗り空高くに避難した。

「三成よ、太閤の城が壊れやるぞ…。」

状況を知り得ぬ赤子は、規格外の高い高いにただ楽しげに笑っていた。





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