幸福よさんざめく降り注げ!


太陽が東の方角から顔を出し、もう一刻くらいになろうか。

「ちょっと寝過ぎちゃったかな…。」

眩しい朝日に目を細めながら屋内から出て来た佐助を、山茶花の木の上に止まっている二羽の小鳥が見下ろしていた。それらは何か会話をしているようにピチチピチチと鳴いているが、どんな話をしているのかは一流の忍であれども分からない。

冷たい井戸水で顔を洗いぐんっと大きく伸びをした佐助に、何者かが背後から声をかけた。

「猿飛様、おはようございます。」

それは、お団子頭がトレードマークの三成の侍女、初芽だった。
彼女は特別器量が良いというわけでは無いが、よく気が利き愛嬌があって、人から好かれる性格をしていた。しかし何よりも、凶王三成に対しても一切臆さぬという度胸が、この娘の一番のセールスポイントかも知れない。また佐助とも親しく、二人はいわゆる茶飲み友達という間柄であった。
おいしいお茶菓子をつまみながらする愚痴の言い合いっこは、それはそれは盛り上がるらしい。

「ああ、初芽ちゃん。おはよう。」

笑顔で挨拶を返す佐助に、初芽は気安い口調で

「猿飛様がこんな時間に起きていらっしゃるとは珍しい。昨夜はどなたと夜更しをなさっていたのですか?」

とからかうように言った。それに佐助は、「ただの寝坊だよ!俺様にそーゆー相手がいないって知ってるくせにっ!!」と地団駄を踏んで悔しがった。

そこに音も無く現れたのは吉継だ。

「猿よ、今日は随分と遅起きよな。」

彼もまた、佐助の朝寝坊を見逃してはくれないらしい。

「も〜大谷の旦那まで!
つーかさ、アンタ良い加減『ましら』って呼ぶのやめてくれないかなぁ?俺様の名前知ってるでしょ?」
「…ハテ、何であったか。」
「嘘ぉ!?」
「まぁ大谷様ったら、ご冗談ばかり。」

この三人がこうして話をしているのは、ここ大坂城では珍しくない光景だ。意外な取り合わせに見えるだろうが、なかなかどうして、彼らは気が合うようだった。

「して初芽、三成を知らぬか?」

楽しい井戸端会議もそこそこに、吉継は初芽に親友の所在を尋ねた。彼女に特別用があるわけでは無かったが、今朝は姿を見ていないのでどこにいるのかと探していたところらしい。かつて日の本中に不幸を降りまこうとしていた謀将も、三成が相手では過保護な父親同然なのである。彼女を娘のように慈しんでいたのは以前からであったが、幸村に嫁にやってからというもの、特にその傾向が強くなったように思える。

「三成様でしたら、幸村様とお散歩に行かれましたよ。今日はとても天気が良いからと。」
「へぇえ、相変わらず仲の良いことで。」

初芽はにこにことしているし、佐助は揶揄するように薄ら笑いを浮かべて言ったが、吉継は難しい顔をして「それなのだが……」と深刻そうに切り出した。

「ややができぬのがおかしいとは思わぬか?」

この台詞に初芽も佐助もはっと息を飲んだ。
日の本に平和が訪れ、あの二人が婚姻を結んでから間もなく一年となる。確かに、そろそろおめでたい知らせが聞こえてもいい頃であろう。

「頻繁に、ってほどじゃないけど、一緒に寝てたりするよね?」
「一番最近では、八日前に同衾してらしてましたよ。」
「初芽ちゃんそれ把握してんの?その辺は俺様でさえ触れて無いのに?」

爽やかな朝に似つかわしく無い会話が天下の大坂城の井戸場で繰り広げられる。三人がそこから離れないので、使用人達は空気を読み別の井戸へと行ってそれぞれに用を弁じたのであった。

「本当に一緒に『寝ている』だけで挿し込まれたり挿し込んだりの房事が無いのでしょうか?」
「初芽ちゃん!!若い女の子がそんなこと言っちゃいけません!!」

初芽のストレートな物言いを佐助が嗜める。何事にも物怖じしないところは彼女の褒められる点であるかも知れないが、こういう話題に関しても直球過ぎるのは年頃の娘としていかがなものだろうか。

「もしくは……真田が種無しか、三成が石女か…。」
「大将に限ってそんなこと!!」
「三成様がそんなはず、あるわけありません!!」

吉継の発言に、従者二名が噛み付く。

「われもそうと信じたいがなァ…。」

初芽達は三者三様に幸村と三成のことを心配しながら、この場では絶対に答えの出ない議論を続けた。





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