独眼竜がゆく


「いやぁ、竜の旦那と右目の旦那が揃って来てくれるとは…。遠いところ悪いねぇ。」

佐助は政宗と小十郎に特製の茶菓子を出しながら、奥州から信州へと来てくれた足労を労った。

「何、風の便りで凶王と紅蓮の鬼にガキができたって聞いたんでな。真偽のほどを確かめに来ただけだ。」

政宗は出された茶を飲みながらしれっとそう言い放ったが、彼は懐妊の祝いの品をしっかり持参して来ていた。

「そんなことを申されるな政宗様。真田達を祝福に参られたのでしょう。」

小十郎は政宗を窘めたあとに臙脂色の着物に黒い打掛を纏った三成を見て、口元に柔らかい笑みを浮かべた。

「それにしても、石田ももうすっかり母の顔だな。」

三成の腹は大分膨らみが目立ち、彼女自身も少しふくよかになったように見える。戦場を駆け回っていた頃に比べると、随分と女性らしくなった印象だ。そんな彼女を見て、政宗が「Very good,イイじゃねぇか…。」と呟き舌舐めずりしたのを小十郎は見なかったことにした。

「貴様らは幸村の知り合いか?はるばる奥州から出向いてくれたそうだな。」
「だから…お嬢……。この人達は伊達家当主の伊達政宗公とその腹心の片倉小十郎さん。何度も会ってるはずだよ?」

三成の対応と言えば相変わらずで、佐助は呆れたように政宗達の紹介をした。

「…で、石田が妊娠してんのは間違いねぇみたいだがソレは何だ?俺は、そんなcrazyなもん見に来たわけじゃねぇんだけどな。」

政宗がソレ、と指を差したのは上田城現城主の真田幸村。三成と同じく臙脂色の着物に黒い袴を穿いた彼は、妻の膝にゴロニャンと寝転び、大きくなった腹部に耳をぴったりとくっつけていた。
ついでに、小十郎がここが上田であるのに大坂にいるような気になったのは、夫婦揃って黒と臙脂という豊臣カラーであったせいであった。勿論これらの衣類を選んだのは三成である。

「ああ〜……これね…。お嬢が妊娠してから、ずっとこんな調子なんだよ……。」
「おぉっ!動いたでござる!やや子殿、某は早く貴殿に会いとうございまする!!」

うんざりしている様子の佐助など歯牙にもかけず、幸村は三成とまだ見ぬわが子といちゃいちゃしていた。

「幸村、くすぐったいぞ。」
「えへへ、我慢して下され三成殿。」



ーそれから月日は流れて。

「伊達のおじ様!片倉のおじ様!また来て下さったのですね!」
「よぉ阿菊!ちょっと見ねぇ間に別嬪さんになったじゃねぇか。ますます母上に似てきたんじゃねぇか?」

上田城を訪れた政宗と小十郎を出迎えたのは、幸村と三成の娘の阿菊だった。この少女は母親と肌の色や髪の毛の色、瞳の色まで一緒で、将来は三成によく似た美人になるだろうと今から騒がれていた。

「まぁ、おじ様ったらお上手ですこと。だけどお世辞でも嬉しいです、ありがとうございます。」
「Hey,阿菊。『おじ様』はやめろ。」
「…では兄様?」
「『兄様』…か……。」

三成そっくりの可愛らしい少女に見上げられて、政宗は思わずやに下がった。

「政宗様、大変締まりの無い顔をされていますよ。慎まれよ。」
「側室になんて欲しがっても無駄だからね。」

風のようにサッと現れた佐助も交え、四人が他愛の無い会話をしていると、聞き慣れた大声が聞こえて来た。

「大助ぇええ!!お前という奴は!!」
「うるさい、貴様には関係の無いことだ。」
「父親に対して『貴様』とは何事だっ!!」

この声は、幸村とその息子、大助のものだ。彼らはあまり仲が良く無く、親子喧嘩が絶えないのであった。

「父上と兄上ね。いつものことですから、兄様達はお気になさらず。」

阿菊は溜め息を吐きながらそう言ったが、政宗は興味深々といった様子で声がする方へと向かった。

「大助、早く三成殿から離れぬか!!」
「拒否する。」

そこでは、三成の手をしっかりと握り締めた大助と、幸村とが睨み合っていた。大助は見た目こそ父親である幸村に瓜二つであったが、中身は母親似という、知り合いが見たら違和感の塊でしかない少年であった。

「…ん?」

しかし、政宗が気にしたのは火花を散らして対峙している親子ではない。その傍らにいる、三成だった。腹が膨れているように見えるのだ。このような彼女の姿を見るのは、もう何回目だろうか。

「…まさか、また妊娠したのか……?」

その疑問に答えたのは阿菊だ。

「ええ、九人目の兄弟です。」
「九人だと!?baseball teamができるじゃねぇかっ!!」
「石田、いつ来ても腹がデカいと思っていたが…気のせいじゃ無かったか……。」

伊達家の二人が驚愕の眼差しを寄越しているのを知ってか知らずか、真田家の三人の応酬は続く。

「三成殿が強く叱らぬから大助が増長するのです!何か言ってやって下され!」
「貴様あぁっ!己の至らぬを母上のせいにするか!今すぐ懺悔しろっ!!」
「何をぅ!?」
「幸村も大助もやめろ!!
…良い、私が悪いのは分かっている。」
「母上、そんなことは…っ!」
「顔も声も幸村そっくりの大助を叱り付けるなど、私には到底できなくて……。」
「三成殿…。」

しばし三人を見守っていた阿菊だったが、急に政宗と小十郎の手を引いて歩き出した。そして二人の背を佐助が押す。

「さ、参りましょう。これ以上見ていても面白くありませんから。」
「そうそう、退散が吉だよ。」
「お、おい…。」

政宗が後ろを振り返ると、幸村が三成を抱き締めてぶっちゅううぅ!と熱い口付けをしていた。
…わが子の前で。

「あぁああああ〜っ!!?貴様、母上から離れろぉお!!!」

大助の大音量の叫び声を聞きながら、佐助達は一番上等な応接間へと向かったのであった。

結婚して、何人子どもができても何も変わらぬ幸村と三成に、客人達は遠い目をする他は無かった。



「…っ!?
…なんだ、夢か……。」

政宗が目を覚ますと、部屋はまだ暗く周囲もしんとしていて、夜明けが来ていないことを物語っていた。

「Ah〜……妙な夢、見ちまったな…。」

(真田幸村と石田三成のガキだって?)

政宗は頭をがしがし掻きながら、夢で良かったと安堵したのだった。

…しかし、これが正夢になるかどうか、これから訪れる未来がどうなるのかは……誰も知らないのであった。




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