この者と添い遂げる許可を!


 幸村は思わず息を飲んだ。目の前に、見たこともないほど美しい女性がいるからだ。

 「綺麗だ……。」



 半年ほど前に、大坂城の湯殿で結婚の約束を結んだ幸村と三成。それは半ば勢いに任せたプロポーズだったが、今ではお互いがいないことが考えられないくらいに、二人は深く愛し合っていた。今日は、そんな二人の待ちに待った祝言の日。

 黒い紋付き袴を着た新郎の幸村は、新婦である三成が控えている部屋を訪ねていた。正装が苦手な彼は、自分の服装に違和感を覚えるのか首を回したり裾をいじってみたりと、何やら子どもじみた仕草でそわそわしている。当然、落ち着かない理由は着物のせいだけではなく、目前に迫った婚儀に緊張していることと…。何より、自分の妻となる身の三成が今何を思っているのか……幸村はそのことを一番気にしてここへとやって来た。
「三成様、幸村様が見えましたよ!」
 入室の許可を取ろうと襖越しに声を掛けると、快活な娘の声が聞こえた。この声の持ち主の名は初芽と言って、三成に最も近い侍女であった。彼女は年若いにも関わらず三成や吉継に物申すことや説教のできる、肝っ玉の座った娘であった。
「嫌だ、こんな格好で私は表へ出ないぞ!」
「ダーメです〜!まさか袴で出席するとでもおっしゃるんですか!?花嫁が紋付き袴だなんて笑い話にもなりませんよ!素直に腹をくくって下さい!ほら暴れない!!」
 何やら騒がしいので、幸村は戸に手を掛けたまま困惑気味だ。
「どうぞ幸村様!お入り下さい!」
「Σ!!
初芽、貴様ぁ!!」
 幸村が遠慮がちに襖を開けると、そこには汚れもシワの一つも見当たらない、真新しく豪奢な白無垢をまとった三成がいた。彼女は髪が短いので文金高島田、とはいかないが、いつもの特徴的な前髪は角隠しの中だ(これだけでも普段とは大きな違いだった)。そして、ただでさえ秀麗な顔立ちには、薄く化粧が施されていた。雪のように白い肌、桜の花びらのような唇。琥珀色の瞳に、それを縁取る長い睫毛。彼女の美しさを一層引き立てる純白の着物さえも眩しく見えて、幸村は三成が月光の化身か何かなのではないかと思った。
「綺麗だ……。」
 幸村は、惚けたようにそう言うのが精一杯だった。
「でしょう!?綺麗でしょう!?ねぇ幸村様!三成様は日の本…いえ、世界で一番美しい方ですよね!?だから貴方は、世界で一番の果報者なんですよ!」
 幸村から発せられた「綺麗」という単語に初芽は瞳をキラリと輝かせる。彼女にとって三成は自慢の主なのであった。
「やめろ!私はこんな着物など着たくない!!」
 三成は真っ赤な顔をして角隠しを外そうとするが、その手を幸村が掴んで制した。
「とても美しゅうございます、三成殿。
…この美しい花嫁が某のものだと、俺は皆に披露したい。」
「…わ、私は……貴様の前でだけ『女』でいられればいい…。だから…こんな格好……。」
 わざわざ私が女であることを他人に見せ付けたくなどない、そう俯いてぼそぼそ話す三成の手を握り、幸村はその華奢な指先にそっと口付けた。
「では、このお召し物を俺のためだけに着ていては頂けませぬか?美しい貴女を、もっと見ていたいのでござる。」
「幸村……。」
「三成殿……。」
 二人の視線が絡み合い、例のごとく薄桃色の空気が辺りを包む。
「はいそこまで!」
「チューは禁止だよ。お嬢の化粧が崩れちゃうからね。」
 初芽と、いつの間にやら現れていた佐助が、鼻先が触れ合うほどに近付いた二人にストップを掛けた。
「三成、仕度は終わったか?」
 そこへ、吉継が顔を出した。患っている皮膚病の状態があまりよくはなく、彼は重たい衣を身に付けることができず簡素な着物をまとっていた。しかし、簡素と言えども上質なものではあるので祝言の席でも恥ずかしいものではなかった。
「刑部!」
 親友の登場に、三成は幸村の手をすり抜けて行った。
「ほほぅ…これはこれは…。どこの姫君かと思ったぞ。太閤殿も竹中殿も、天からぬしの晴れ姿を眺めてきっと喜んでくれていよう。」
「秀吉様と、半兵衛様が……?」
 敬愛して止まぬ二人の名を聞いて、三成の頬がぽっと赤くなった。
「そうよ、ぬしは自慢の豊臣の姫。美しいウツクシイ…。」
「もうよせ刑部!」
 仲良く会話をしている吉継と三成を見て、つまらないのは幸村だ。
「そろそろ参りましょう三成殿。」
 少々乱暴な所作で三成の手を引いて、幸村は部屋を出て行った。残された佐助達は、「余裕ないなぁ」と顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。

 「三成殿。」
「何だ?」
 ちゅっ。
 幸村は三成の名を呼ぶと、彼女がこちらを向くと同時に薄くて形の良い唇にキスをした。
「先ほど、できなかったので。」
 一瞬だけぽかんとした三成だったが、すぐに小さく吹き出して笑った。その理由はと言えば、幸村の唇にも紅い色が付いたからに他ならない。
「馬鹿者、紅が移ってしまったぞ。」
 薬指で幸村の唇を拭うその仕草は、新婦には似つかわしくないほど艶めかしかった。

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