夏のジレンマ(清三)


 室内で書き物をしているだけでじわりと汗が滲んで来る、蒸し暑く風のない文月のある日。三成は、越後にいる友人に手紙を書いていた。湿度が高いので墨が滲みなかなか乾かないために、一枚の書状を書き上げるのに少々時間がかかってしまっていた。とは言えこれは三成から兼続個人に宛てた私的な文のために、特別急ぐものではない。こんな暑さの中では何の作業も捗らぬ、と、紙の上に汗が滴らぬよう気を付けながら、三成はゆっくりと筆を滑らせていた。
「三成。」
 そこへ、開け放したままの襖から、ひょっこりと清正が顔を出した。
「…清正か。」
「仕事か?このクソ暑いのに熱心だな。」
「いや、兼続に手紙を書いていた。」
 三成と親しい上杉の口の立つ軍師を思い出し、清正は僅かに眉を顰めてふぅん、とだけ返事をした。

 ふと清正は、三成の銅色の髪の毛が、一つに結い上げられていることに気付いた。
「今日は髪結んでるんだな。」
 白いうなじについ目が行ってしまう。だが、清正は極力そちらを見ないように努めた。
「さすがに暑くてな。」
「その髪結い紐、似合ってるな。そんなのいつ買ったんだ?」
 清正は、彼の髪の色によく映える、藍色の紐を指差した。シンプルで飾り気のないデザインだったが、上等なものであるのは間違いなさそうだ。珍しく素直に清正が己を褒めたもので、三成は一度目を丸くしたが、すぐにはにかんで笑った。
「そうか?これは先日、行長がくれたものなのだ。ここ数日で急に暑くなったからな。重宝している。」
「あいつがか…。」
 宿敵の名前を聞いて、清正はそれを褒めたことを後悔した。また、「もっと似合う髪結い紐か簪を三成に贈ってやろう」と決めたのだった。
「こうして纏めてしまえば涼しいが……。いっそお前のように短くしてしまった方がいいのかも知れぬな。」
 三成が、清正の短く切り揃えられた銀色の髪を眺めながら言う。
「切るのか?ダメだ。」
「何故だ?」
 散髪を反対する理由を問われても、「お前の綺麗な髪が好きだからだ!」などと正直に言えるはずもなく、清正は「お前の外見的個性がなくなるぞ」と適当に言うにとどまった。そして、滲んだ汗で仄かにしっとりとした三成の首筋に、どうにも堪らない気持ちになったのだが、必死でそれを押し殺したのだった。

 「暑いな…。」
「ああ…。」
 侍女に水出しの冷たい茶を用意させ、すっかりだらけモードの二人。清正に至っては着物を完全に崩し、上半身裸になって腰に着物を巻き付けている状態だ。露わになった彼の逞しい肉体を見て、三成は思わず余計なことを考えてしまった。力強く戦場では誰よりも頼りになる清正だが、自分を抱き締めるあの腕は何よりも優しい。…その、感触だとか。一気に顔を赤くした三成は、慌てて清正から視線を外し、手拭いを投げ付けた。
「いてっ、何だよ?」
「汗が畳に落ちる!拭け!」
 腹筋を伝って流れる汗に、妙にドキドキしてしまった三成だった。



 夏は露出が多くて困る。誰かさんの色っぽいうなじとか、誰かさんの男らしい筋肉とか。決してそれが悪いわけではないのだけれど、自分以外にも見られてしまうのはやはり嫌だ。だが真夏の暑さを相手に、それを咎めることはできないし…。

 互いに見詰め合いながら難しい表情をしていた清正と三成の間を、申し訳程度の風がそよいで行ったのであった。




   ―終わり―



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