霊能少年少女A
幸村は、意を決して上杉神社を訪ねることにした。すぐ近くにある神社だが、初詣や祭り以外で改めて訪れるのは初めてだった。
学校が休みの土曜日、彼女がどこかにいないかと境内を見渡してみる。すると視界の端に、見慣れた美しい黒髪が見えた。グラマラスな肢体を巫女服に包んだ兼続は、学校では見ることの叶わない魅力に溢れていた。白い着物に赤い袴がとても似合っていて、彼女のこんな姿を見れただけでも収穫かと幸村は若干不純なことを考えた。
(…何て声をかけたらいいんだろう……。)
勇んで来たは良いがどう切り出せば良いものか。そう考えながら、幸村は掃き掃除をする兼続の後ろ姿を眺めていた。そこへ、一人の若い男が現れて兼続に声をかけた。その男の背後には、黒っぽいおかしな靄が見えた。
(まさか…取り憑かれている!?)
幸村がそう思うより早く、男は兼続に襲いかかっていた。
「兼続殿!!」
強力な怨霊なのだろうか、兼続のいつもの護符の攻撃がうまく効いていない。幸村は彼女を助けに入ったが、男は人間とは思えぬ力で、呆気なく弾き飛ばされてしまった。彼は大きなイチョウの木に背中を強打し、ぐ、と呻いた。そうしている間に、兼続の着物が男の手によって裂かれた。
(く…っ!)
片膝をついた幸村は、すぐ近くにある小さな社に、十文字槍が祠ってあるのに気が付いた。神様のものだろうが構ってなどいられない。彼は迷わずその槍を拝借して、兼続に暴行を加えようとする男に向かって行った。
「たぁーっ!!」
幸村は男にまとわりつく黒い影を斬った。男は引きつったような悲鳴を上げ、その場に倒れた。
「兼続殿!」
「幸村!!」
幸村は慌てて兼続を抱え起こしたが、彼女の様子が変だ。破られて乱れた着物を直しもせず、瞳を輝かせながら幸村を見ている。
「ど、どうなさいました…?」
「凄いじゃないか幸村っ!!」
兼続が勢い良く幸村の胸に飛び込んで来た。
「ぅわ、か、兼続殿っ!?」
「あの槍を使いこなすなんて!!」
「…え?」
幸村は己の右手に握られた柄の赤い槍を見た。
「上杉神社には、『破邪の刃』と呼ばれる武器が幾つか伝わっていてな。『破邪の刃』とは選ばれた者にしか扱えない代物で、人や動物、物などは一切傷付けず、『邪』だけを屠る武器だ。この槍もそれの一つで、謙信公は七支刀、私は謙信公より譲り受けた剣を使っている。」
以上の説明を兼続より受けた幸村は、恐縮し切って謝罪をした。
「そんな大層なものを軽々しく…すみませんでした…。」
「いや、いいのだ。これを扱える者は今までいなかった。それに、私を助けてくれただろう。ありがとう、幸村。」
にっこりと笑った兼続に幸村は顔が一気に熱くなった。だが、そんな彼にはもう関知せず、兼続は先ほど気を失った男を引きずり、「謙信公に事のあらましを報告して来る!」と本殿の方へと行ってしまった。
「境内で襲撃を受けるとはこの兼続なんたる失態!謙信公、綾御前!申し訳ありません!!」
そんなことを叫びながら、遠ざかっていく兼続。
(……熱い人だなぁ…。)
置いてきぼりを食らった幸村は、ちょっとしょんぼりしたのであった。
それから10分後、兼続が泣きながら戻って来た。
「謙信公と綾御前に叱られたぁ〜!!」
彼女の腰には、例の『破邪の剣』と思われる剣がぶら下がっていた。大方、綾御前に「常に携帯していなさいうろたえ者。」とでも言われて無理やり装備させられたのだろう。
「それと、お前に頼みがあるんだ!」
がしっと手を掴まれ、幸村は赤面してしまう。
「頼み?」
「お前には祓魔…、破邪の才能がある!私のパートナーになってはくれないだろうか!」
突然の申し出だったが、好きな人に涙目で訴えられては、幸村には頷く以外の選択肢などなかった。何より、兼続の力になれればと思ってここまで来たのだ。
「私で…良ければ…。」
「本当か!?ありがとうっ!」
その返事を聞いた兼続に、がばっと抱き付かれて幸村は思わず変な声を上げてしまった。さっきといい、彼女には抱き付き癖があるのだろうか?と幸村は思った。
それからというもの、二人は行動を共にするようになった。幸村は兼続から護符をもらって、簡単な除霊ならばすぐに行えるようになった。自分の能力が役に立つのは嬉しいし、兼続が隣りでほほ笑んでくれる。幸村はそれが一番幸せだった。兼続も幸村の優しくて誠実な人柄を好ましいと思っていたし、怨霊に勇敢に立ち向かって行く姿を頼もしいと感じていた。そんな二人が心を通わすのに、そう時間はかからなかった。
「あいつら、いつの間に?」
「さぁな。」
一本のフルーツ牛乳を回し飲みしながら、清正と三成が遠巻きに幸村達を見ていた。二人は、護符を片手に手を繋いで、今日も仲良く校内の見回りをしていたのだった。
「魔を祓い、共に義の国を作ろうぞ!」
「ぎ、義の国ですか!?」
余談になるが、幸村をいたく気に入った綾御前が『幸村を兼続の婿に迎えよう』作戦を立ち上げるのはそれから数年後の話である。
[ 22/22 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]