虎は泣き上戸(清三)


 (これは、本当に清正なのか……?)

 「…うっ、ぅ、うぅ……っ。」

 清正が、自分の膝にすがりついて泣いている。三成は初めてと言って良いこんな状況に、戸惑いを隠せないでいた。しかし、清正がこうなった原因は分かっている。畳の上に転がる、幾つもの空になった酒の瓶。これに間違いは無いだろう。
「飲み過ぎだ、馬鹿。一体いつから飲んでいたんだ?」
「…ぅ、く……っ。」
 先ほどから何を言っても、清正は嗚咽を漏らして泣くばかり。三成は、こんなに酔っている清正を初めて見た。下戸である自分と違い、多少なりとも酒は飲めたはずだが……。そう不思議に思いながら、泣きやむ気配の無い清正の髪を撫でてやった。
「一人で自棄酒など、何か嫌なことでもあったのか?」
 文字通り泣いている子供をあやすかのように、優しい口調で清正に問い掛ける三成。清正は、ひっくひっくとしゃくり上げながらようやく顔を上げた。
「……やなこと、あった…。」
「そうか。お前がそんなになるほどとは、一体何があったのだ?」
 懐から出した浅葱色の手拭いで、三成は清正の涙を拭ってやる。まるで昔に戻ったみたいだ、と世話を焼きながら密かに思った。
「お前が…上杉の家臣とか、真田の次男とかとばっかり……仲良くしてる……。」
「…は?」
「は、じゃねーよ…っ!いっつも、左近、左近って、馬鹿……。う、うぅ…っ。
好きって…言ってくれたのに…っ!」



 (……まさか、幸村達に嫉妬して、こうなったのか?)
 うわぁああ、と子供のように泣きじゃくる清正。自分を想うがゆえにこうなってしまった恋人を見て、なんだか三成は、彼が愛おしくて堪らない気持ちになった(いつも強くてクールぶってる清正が、ボロボロと泣いている姿に不覚にもキュンと来たのだ)。清正の広い背中を、三成の白い手がゆるゆると撫ぜる。
「ちゃんと、好きだ。お前だけだぞ。」
「…あの、白くて喧しいのよりも、赤くて腹黒そうなのよりも、モミアゲオヤジよりも好きか?」
 …兼続、幸村、左近のことを大層な言い様だったが、三成はここでは気にしないことにした。
「ああ、お前が一番好きだ、清正。」
「本当に?」
「本当に。」
「俺の、どこが好き?」
 ふふ、と小さく笑ってから、三成は清正のどこが好きで、どこが大好きであるかを懇切丁寧に教えてやった。多少の誇張表現はあったかも知れないが、三成が告げた内容は嘘偽りの無い本心であった。
(こんなに泥酔しているのだ、どうせ明日には覚えていまい。)
 そんな気持ちが、今の三成を饒舌にしたのだった。



 「うん…、俺も好きだ三成……。」
「そうか。俺の、どこが?」
 愛しい人の優しい手と言葉に、清正は大分落ち着いて来たようだ。今度は三成が、戯れに彼に問うてみる。
「……全部。全部、大好きだ。
だから今日は帰らないで、ここにいてくれ。」
 ぎゅっと三成の着物を握り締める清正。その手に己の手を重ねて、三成は優しく、美しくほほ笑んだ。
「どこにもいかない。ここにいる。」



 それから二人は、同じ布団の中でくっついて眠った。お互いに「好きだ」とか、「俺の方がもっと、ずっと」だとか言い合い戯れ合って、さながら童子のようだった。ひょっとしたら、今まで二人が口にして来た「好き」を、上回る回数を今日だけで言ったかも知れなかった(なにぶん、普段は素直で無い二人である)。





 そして翌朝、頭痛と共に清正が目を覚ました。
「…頭、いてぇ……。」
 起き上がるのもおっくうで動かないでいると、隣りの三成がもぞりと身動いだ。
「…ん……もう朝か…。」
 三成がふぁ、とあくびを一つした。それからばちっと二人の目線がかち合うと、何だか清正が居心地が悪そうにそわそわしている。「やはり昨日のことが記憶に無くて、俺がここにいるのが不思議なのか」と思った三成は、事情を説明してやることにした。
「昨日、貴様は泥酔状態だったのだよ。覚えていないだろうが、俺は酔っ払った貴様に付き合っただけで、別に何も……。」
「いや、」
 だが、途中でそれを清正が遮る。
「……昨日のこと、覚えてるぜ。す、好きとか、たくさん言ったことも…言われたことも…。」
「!!?」
 まさか覚えているなんて!!
 想定外の事態に、三成はぼん!と音が聞こえるくらいに一気に顔を赤くした。
「あれは……、あれは…っ!忘れろ馬鹿!!」
 そう言って一目散に部屋から逃げ出す三成。
「お、おい!」
 その背を追って、清正も駆け出した。





 (昨日言ってくれたことが酔っ払いを宥めるための嘘じゃないなら、今夜も一緒に……。)




    ―終―


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