晩秋逢瀬(清三)


 霜月に入り、近頃随分と冷え込んで来た。今年は夏の猛暑から長月、神無月とあまり気温が下がらず、秋らしさを感じることが出来なかった気がする。このまま真冬へと直行してしまうのであろうか。




 まだ外が暗い早朝、三成は静かに戸を開けた。吐く息が白く、今朝の冷え込みも厳しかった。
「寒い、な……。」
 彼は小さく呟きながら身を震わせるが、火鉢などの暖房器具を用意しようとは思わなかった。こんな時季からそんなものを使用していては、睦月や如月などを過ごせる筈は無い。三成は普段より一枚だけ多く着込み、朝餉までの時間を執務に費やそうと筆を執った。


 「三成。」
 幾許かの案件を片付けた後、襖の向こうから声が聞こえた。戸を開いてやると、清正がいた。腕に、小振りな火鉢が抱えて。
「清正、それは…。」
「邪魔するぞ。」
 そしてずかずかと三成の私室に入ると、机の近くにその火鉢を設置した。
「おい……っ!」
「こんな朝っぱらから仕事してやがる馬鹿が、風邪引かねぇようにの配慮だろうが。」
 そう言う清正の身体は、うっすらと汗をかいて火照ってすらいた。日課となっている早朝の鍛練を終わらせた後なのだろう。そのときに中庭から三成の部屋に明かりが灯っているのが見えて、火鉢を用意したらしかった。

 「別に俺はこんなもの無くとも……。」
 三成は火鉢と清正を交互に見て、たった今置かれたばかりの暖房器具を返そうとした。
「必要だろ。そんなに白い顔して。
ぅわ、冷てっ!」
 戯れに掴んだ三成の手は、氷のように冷たかった。
「お前、こんなに冷えてんじゃねぇかよ!強がり言ってねぇで早く火にあたれ!」
「今から火鉢などに頼っていたら、真冬を暮らせぬだろうが!
…っ!!」
 三成は、強く腕を引かれた勢いでバランスを崩し、清正の胸に倒れ込んでしまった。そして、そのまま清正は三成を腕に抱え込んだ。

 「こんなに冷たくなって……馬鹿。」
 言葉は優しくないが、清正が言ったそれには確かに三成を心配する響きが含まれていた。
「……確かに今朝は冷える。だが、まだ火鉢はいらぬ。」
「まだ言うかよお前は!たまには黙って言うこと聞け!」
「そうではない馬鹿。」





 「……こうしてお前で暖を取っていれば、充分なのだよ…。」

 蚊の鳴くような小さな声であったが、密着しているので清正に聞こえない訳が無かった。


 愛しさを募らせた清正は、自分の胸板に隠れるようにひっつく三成を、強く抱き締めた。



 日の短いこの季節、夜が明けるまで後少し。二人には、まだこうして幸せに浸る猶予があった。




    ―終―



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