蛍火と蝉時雨(左→三)


 「ジーだのミーンだのツクツクだのうるさいのだよっ!もう秋が来ようかと言うのに!!」
 立秋はとうに過ぎたと言うのに、例年に無い残暑の厳しさと鳴きやまぬ蝉の大合唱に、主の機嫌は大層悪かった。
「まぁまぁ殿、自然相手に怒鳴ったところで、何も変わりゃあしませんよ。」
「そんなことくらいは分かっている。しかし喧しいものは喧しいのだ。」
 まぁ、その気持ちは分からなくもないですけどねぇ…。
「蝉の奴らも必死なんですよ。外に出られるのを何年も何年も待って、短い命が尽きる前に一生懸命鳴いてるんです。殿、蝉が鳴くのは求愛行動なんですよ。“貴方が好きだ”と懸命に歌っている。」
「………。」
「“恋しい、恋しい、つくづく、恋しい”と鳴いている蝉もいるではありませんか。」
「アレは“ツクツク法師”と鳴いているのだろうが。…左近、お前が詩的なことを言うと非常に寒いぞ。」
「殿ひどいっ!」
「…そうだな、詩的ついでに俺からも一つ教えてやろう。」
 ちょっと傷付いたが、どうやら殿の機嫌は直ったようだ。良かった。
「“鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす”という言葉があるのだよ。」
「はぁ、それはどういう意味で?」
「たやすく口に出来てしまう気持ちよりも、内に秘めたまま伝えぬ気持ちの方がより相手を想っている、という意味だ。喧しく鳴き喚く蝉より、静かに己の身を燃やす蛍の方が、より焦がれているように見えたのだろう。」
「なるほどね……。殿は蝉より蛍の方が好みですか?」
「……何の話だ。」





 殿、じゃあ俺も蛍なんですよ。俺はずっと、貴方への想いを胸にしまっている。

 …でも、伝わらなくていい。僅かでも、蛍火のように俺が貴方を照らせていたら。それだけで。



    ―終―



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