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夏風邪(清三)
あの馬鹿が風邪を引いたらしい。
無茶をするなと常日頃からおねね様に言われているのだが、あいつは一度仕事に没頭すると周りの声など全く聞こえなくなる。そればかりか、こうして本当に倒れるまで無理をしてると気付かないのだ。
「三成。」
相手が病人と言えども、遠慮なく大きく襖を開け部屋に入る。
「………。」
三成はだるそうに顔だけをこちらに向けた。
「随分な様だな。夏風邪は馬鹿が引くもんらしいぜ。」
「!…ぅ…、…っ、ごほっ、ごほっ!」
喉をやられているらしく思うように声が出ないようだ。いつものような辛辣な返しがない。涙目で睨み付けてくるのが今の三成の精一杯の抵抗のようだった。
「本当に具合が悪そうだな…。」
思わず俺は三成近くに座り込んだ。すると奴は、弱々しくも手で追い払う仕草をする。出てけってことなのだろう。一応兄弟同然に育ってきた相手なのだ、こんなに弱っているのであれば、放っておける訳がない。
汗で額に張り付いた前髪を退けてやり、濡らした手拭いで顔や首筋を拭いてやった。常ならばこうはいかないだろうが、最早三成には拒否をする体力すらないようだった。
(…陶器のように白いこいつの肌にくらりとしたような気がしたが、今日の暑さに俺も眩暈がしただけだと言い聞かせた。)
「これは珍しい、清正さんが殿の看病ですか。」
少し開いた襖の向こうから、三成が一番信頼している家臣の声がした。奴の手にはやや大きめの桶。恐らくは井戸で冷たい水を汲んで来たのだろう。
「さ…こん…?」
三成の安堵したような声と、少し甘えたような瞳。
そんな声で俺を呼ばないのに。そんな目で俺を見ないのに。
「ちょうど良かった。清正さん、殿を頼みますよ。俺はまだ片付けなきゃならない仕事があってね。
殿、しっかり養生してて下さいよ。」
左近は三成の汗で湿った髪を何の躊躇いも無く撫でると、桶を置いて行ってしまった。
…お前がいてやればいいのに。俺は―……。
「…きよ、まさ…。」
三成の掠れた声が俺を呼ぶ。
「もう良い……。お前に、」
うつってしまっては迷惑だろう、と、唇だけで言った後、三成は激しく咳き込んだ。さっきより顔色が悪い。
俺の脳裏に、秀吉様の軍師だった男が思い浮かんだ。そいつは咳をしていて、遂には病で―……。
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