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 拝啓、令和の倉里かがり様。あなたは今、どうしていますか。
ちなみにですが、来世のあなたは絶賛舎弟生産中です。なんでだよ。



 喧嘩で降した連中に思う存分「おめでとうございます」を繰り返させて多少機嫌が上向きになったところで、スカートはあらかじめ脱いでおいたので無事だが、代わりに履いていた短パンが返り血で汚れていたことに気がついた。次の体育ではもうひとつの短パンを使えばいいが、それはそうとして血は落ちにくいと聞く。なんでこいつらのせいでわたしが被害を受けなきゃいけないんだ。メールを見て反射的に学校を飛び出してしまったけど、そうでなかったら推しに祝ってもらえたのかもしれないのに!

「誕生日おめでとう、って言ってもらいたかった……!」

 そう、かがりの機嫌の悪さは、要はこの一言につきた。推しからの「おめでとう」を、いくら自分で止めなければ尽きることが無いと言っても、名前も知らない有象無象からの祝いの言葉で代用できる人間がいるだろうか。もちろん否だ。
ちなみに短パンが血で汚れたことは自業自得でもあるので、実際のところ言うほどかがりは気にしていなかった。記憶によれば、身バレを避けるためにもいつもは汚れてもいい服に着替えて喧嘩していたらしいので。おそらくそうして学校内でのかがりの平和は守られていたのだろう。推しへの身バレこわいからね。
 せっかく推しが同じ学校にいたんだから、叶うなら誕生日を祝ってもらいたかった。そうでなければ、せめて生の推しを許される限りじろじろ舐め回すように眺めていたかった。それを、どうして放課後になってやっと思い出すのだろう(しかも学校の外に出てからだ!)。だいたい、お母さんもお母さんだ。起きてから学校に行くまでに「おめでとう」とも「ケーキあるからね」とも聞いていない。かがりは普段から日付感覚があまりないタイプの人間なのだ。誕生日の日付は覚えていても、今日が何日かをわかっていないのだから思い出すはずがない。かがりには黒板端の日付を見る習慣もなかった。
 ちなみに今日が土曜日であることは知っている。なぜなら土曜日なのに授業参観で学校に行かなければならないことに、かがりは今日一日心底不機嫌だったので。もっとも、それも昼休みに前世を思い出すまでのことだ。今となっては授業参観であったことに感謝している。参観があったから土曜日であるのに推しに誕生日を祝ってもらえたかもしれないのだ。
 そう。
 あくまでそれはかもしれない≠ニいう可能性の話であって、かがりは推しに誕生日を祝わってもらえたわけではないのだった。それどころか挨拶のみならず、一言も話していない。何度この事実をセルフで突きつけられて落ち込めばいいのだろう。「おめでとう」って、一言言ってもらいたかった。

 尽きることのない後悔。そうこうしているうちにも足を伝って滴る他人の血。そのすべてが気持ち悪かった。失った時間は戻ってこないのに。……そうだ、メール。昔の不良はマイキーみたいに女に手を出さないのが多いと思っていた。それが、わざわざメールで呼び出してまでかがりに喧嘩をふっかけた。いつの間にか流出していたらしいかがりのアドレスの出処も気になるが、そこが気になった。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。えっと……クズ? だっけ?」
「ゥ、うす、なんでしょうか姐さん!」
「すげー! 姐さんが久津君の名前を……!」

えっ、適当にクズって呼んだだけなのに合ってたんだ。名は体を表すというか……それでいいのか、久津。そして姐さん呼びはやめろ。アンタたち年上でしょうが。


久津、そして鹿島と来馬──リーダー格とその最も近い取り巻きのふたり──によれば、そもそもメールの送り先がかがり、つまり女であるとは誰も思っていなかったらしい。かがりの中の女には優しいヤンキー像は守られた。それはそうとして誰かと思って呼び出したのかと聞けば、かがりの『女にわざわざ喧嘩を売ったこと』と『かがりのアドレスが流出した理由』のふたつの疑問が一度に解消された。

「はぁ!? つまり自若これまさだと思って呼び出したわけ?」
「……っスね。すんません姐さん!」
「いやもういいけどさ。自若、自若かー……」

人を食ったようなにやけ面が浮かんでいらっとした。あの男、ふざけるのも大概にしてほしい。倉里自若これまさというのは、かがりの従兄だ。中学生のかがりと違って、高校生の。倉里の家で一緒に暮らしているが、いつも性差と年齢差をフルで利用してかがりをひょいひょい投げ飛ばす大人げない男である。学校では大人しくしているかがりとは反対に、自若はそこでも暴れ回っているらしかった。あの従兄には過ぎるくらいのかわいい彼女がいるのだからもう少し大人しくしてもらいたいものである。
つまり今回の騒動は、いつものように暴れ回った自若が『かがりのメールアドレス』が書かれたメモを自分がボコした不良の前に落としていったことが発端らしかった。かがりにとってはどうしようもないくらいにとばっちりだ。久津たちが初めにメモそのものを手に入れたわけではないらしいから、流出範囲はもっと広いのだろう。呼び出しメールなんてものが来た時点でアドレス変更を考えていたので結果はそう変わらないが、それはそうとしてめんどくさい。あの男のせいで誕生日の放課後が潰れ、推しに祝ってもらうこともできなかったのだと思うとぐらぐらと苛立ちが煮えたぎる。そういえば忘れていたが土曜日の学校に対する苛立ちのせいだけでなく、今朝も自若に絡まれたせいで苛々しながら家を飛び出したために、すっかり今日が誕生日であることを失念していたのだった。思い出せば驚くほどあの男はかがりに不利益ばかりを寄越している。マジでめんどくさい。さっさと出ていって彼女と同棲でもしてくれないかな。

「……事情はわかった。とりあえずアンタたち、ウチに来なさい」

そして自若とタイマンでもなんでもしてくれ。わたしを巻き込まないでほしい。ちなみに久津たち側だけがぼろぼろなのはずるいので、自若は兄ちゃんに頼んでボコボコにしてもらうつもりだ。それで無理やりにでもフェアにする。かがりの私怨ともいう。

 久津たちをとりあえず倉里家に放り込んで男衆が道場でひとの喧嘩に盛り上がっているのを横目に、かがりは今度こそ誕生日の放課後を満喫せんと再び外に出ていた。目的地は決めていない。足の赴くままに歩いているとその途中、いかにも拾ってくださいと言わんばかりに道の真ん中に落ちている何かを見つけた。

「……何これ。呪いのアイテム?」

 若からは何も聞いてないからそう極悪なものでも、事件性があるわけでもないのだろうけど、どう見ても藁人形だ。呪いのアイテム以外の何物でもない。雑な作りのために中身が覗いている腹の部分に指を突っ込んでみると、どうやら腑の代わりに何かお守りが入れられているらしかった。罰当たりを承知で開いてみると、折りたたまれた紙がひらりと足元に落ちた。

「写真?」

スクランブル交差点で、大胆不敵にも立ち止まっている黒い特攻服を着た男子数人と、その足元には「東卍京」と金糸で大きく刺繍された黒い布。どう見ても東京卍會の結成記念写真だった。なんでこんなところに、というかなんで藁人形の中に。結成メンバー全員が対象なのか、それともこの中の誰かが狙われているのか──という疑問は考えるまでもなかった。マイキーの顔ど真ん中と、おそらく心臓があるだろう位置に穴が開いている。殺意が高い。すごく高い。

「殺意高……!」

しみじみ噛み締めすぎて口にまで出してしまった。お守りごと藁人形に入れて、そのくせマイキーだけに狙った通りらしき穴を開けている。超常現象? あらかじめ写真に穴だけ開けておいたとか? どちらにせよ殺意が高い。高すぎる。そしてどうしてそこまで殺意が高くて道のど真ん中に藁人形を落とすんだ。ここ武蔵神社の近くでもなんでもないんだけど。

「落し物は交番行きだけど、でもなあ……」

思わず声に出してうーんと考え込んでしまう。藁人形ってそのまま届けていいのか? だいぶオカルトだし、もしホントにマイキーが呪われていたら困る。東卍の巣窟だし、この藁人形の持ち主から見て敵が溢れかえっている武蔵神社でわざわざ丑の刻参りをするとは思えない。思えないけど、もしかしたら敵の巣窟だからこそ……という陰湿な可能性もある。これは武蔵神社に行って確認しておくべきだろうか。東卍の集会場所に? というか御神木に釘打ち付けて人を呪おうとするの、メチャクチャ罰当たりだろ。……まさかこの時この藁人形で呪われてたからどの世界線でも例外なくマイキーが闇堕ちしてるとか言わないよな。無い無い無い。それは無い。

「うん、……うん? いや無いでしょ。とりあえず武蔵神社行こ……」

無いよな? 無い、うん無い。無いはず……『無い』ってこんな漢字だっけ? 武蔵神社に向かって歩きながら考え込んでいたらなんかわからなくなってきた。あれだ、ゲシュタルト崩壊。はやく釘の跡なんて無い御神木を見て安心したいです。自転車持ってくればよかった。めんどくさいから帰りは誰か呼びつけよう、お誕生日様だからいいでしょ。誰だろう、自若とかかな。いや、兄ちゃんだったら車回してもらえるし兄ちゃんかな……




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