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 案外、謳われていたようにもそれ≠ヘ劇的ななにかではなかったのだった。



 突然、前世も人間であったことを思い出した。文字の海で泳いでいる分にはありふれたフレーズだけれど、それがいざ自分の身に降りかかって来るとなるともちろん笑えない。
 突然と言っても、当然何もきっかけが無かったわけでは決してない。目が合った──たった一瞬のそれだけで、わたしはこの世界が《何》であるかを思い知らされたのだ。ガツンと頭を殴られたかのような衝撃だった──もちろん比喩だ。今世における人生よりも容量の大きい記憶がいきなりぶち込まれたのだから痛みが無いわけではないが。

「場地さん、それは何やってんすか?」

 星を散りばめた夜空のように輝くその瞳は、かつて今と同じように人間だったわたしにとっての唯一だった。
 

 倉里かがり。
 中学一年生。二親はともに健在であり、成績はいたって平凡。学校内の不良との関わりは特に無く、特徴と言えるような特徴は人より影が少し薄めなことくらい──それが現在いまのわたしらしい。同一人物だから当然だけど、前とほとんど変わらないし、名前も同じだ。タケミっちと違ってかがりはタイムリープしてきたわけではないからか、少し頭を捻ればこれらの自分の記憶をちゃんと思い出すことができた。午後の授業いっぱい使ってほぼ放心してたけど。なぜなら事件が起こったのが昼休みだったので。中一くらいなら多少授業聞かなくたって平気ではあるけど、どうせなら放課後とかがよかった。なんたって今日は授業参観。まさか早速影薄の恩恵にあずかるとは思いもしなかったよね。どの程度ステルスできてたかはわからないけど。実は思ってた以上にステルスできてなくてよその親に「あの子ぼーっとしてたね」とか言われたりしてたらイヤだな……。
 ひとが疎らになった放課後の教室でひとり机に突っ伏していると、突然ブーブーというそれなりに大きな音が耳に入った。かがりは全ての通知音を常に切っているタイプの人間なので、その音をすぐ近くで聞くのは久しぶりだ。おかげでびっくりして飛び上がったし机がガタガタ鳴った。恥ずかしい。どうやら引き出しのなかが震源らしい。そりゃ響くわ。それにしても、たぶん携帯だろうけど学校に持ってきていいのか?

「うわ、ガラケーじゃん……」

 しかも状況からしてどう考えてもマイガラケー。物珍しさで裏表中身をひっくり返してみるも、プリクラもシールも何も貼っていないさらぴんであることに変わらない自分を感じただけだった。友だちいないんだろうか。
さっきの通知音はおそらくメールだろうとアタリをつけアドレス帳を開こうとするが、まるで機械音痴かのように操作がおぼつかない。まえではマイケータイは最初からスマホだったために、かがりはガラケーを普段使いしたことがなかったからだ。花のJK……いや、JCのくせにスムーズさが足りないとはこれいかに。
 スマホ。少なくとも2004年である現在において普及していない、未来の機器。倉里かがりは令和を生きていたはずで、しかも高校生だった。何もかも辻褄が合わない。その頃のかがりは生まれたばかりだったから、2004年なんてまともに生きていない。どんな計算をしても今のこの状況には行き着かない。
(やっぱり転生……?)
転生というか、それを言うなら生まれ変わりだろうか。時間を逆行しているのも、たぶん異世界への転生だからかと思われた──なぜなら推しがいるから。
 松野千冬。
  現在いま≠ナはない倉里かがりの人生における、最後の推しだ。

 令和を生きる高校生、倉里かがりはつい最近東京卍リベンジャーズ──通称東リべという青春ヤンキー漫画の皮を被った闇深作品にハマったばかりだった。きっかけはアニメで、それも松野千冬のビジュアル単体で落ちた原作未読の究極のニワカだ。初手がビジュアル単体であっただけでちゃんと千冬の中身も後から知って余計ズブズブになったけど、それはそうとして最悪なので殺してほしい。冗談と本気の間にいます。
 閑話休題。
 かがりに令和で死んだ記憶は無い。どこまでも現在と令和が地続きであるかのような感覚だ。けれどここは2004年。2004年初心者のかがりが令和の時代と同じのつもりでいればいつか必ずどデカいジェネレーションギャップに行き合うだろう。「まじ卍」とか「タピる」とか、そんなのは存在しないのだ。怪しまれたら困る。主人公だからどうにかなってるだけで、タケミっちはだいぶガバい。その点、かがりは慎重にしたいタイプなのだ。モブだから命の保証も無いし。まあ別に主要キャラに命の保証があるわけでもないから、モブだからといって世を儚む必要はないけど。というか良く考えればそもそもこの世の人間みんな同条件だった。ワーイ。


 ところで、機械音痴さながらの状態でどうにかバイブ音の主を突き止めたかがりがその後何をしていたかというと──人間を足蹴にしていた。蹴っ飛ばしたらまるでサッカーボールのように浮くからちょっと面白い。リーゼントの男たちの山ができているのと返り血とで景色が汚い。これを全部自分がやったのだから、実は生まれ変わって頭のネジや倫理観というものが少しばかりぶっ飛んでいたらしい。暴力に快感を覚えたら終わりな気がする。つまりかがりは終わっているのだろう。最悪だ。……それはそうとしてやっぱりリーゼントもボンタンも結構ダサくないだろうか。かがりにこの時代のセンスはよくわからない。

「……ゥ、グハッ!」
「ハイ、わたしの勝ち」

 なんでもかがりのメールアドレスが流出していたらしく、件の通知はかがりに今ボコボコにされているこのリーゼントたちによって送られてきた呼び出しだったのだ。なんでアドレス流出してんだよ。たぶんこのマイガラケーってホントに買ったばっかなはずなんだけど。
2004年現在のかがりの簡易プロフィールとして『学校内の不良との関わりは特に無い』とあったが、実際のところ『学校内』ということであったらしい。推しに悪い意味で目を付けられたくはなかったから結果オーライではあるけど、逆になんでそこだけ聖域なんだ。か弱い女であるため基本的に足技だがそれなりに強いらしく、気まぐれでこそあるが外では売られた喧嘩を不良と同じくらいに買っている。おかげで呼び出されたかがりにしてみればいい迷惑だ。迷惑かけたのもかけられたのもぜんぶ自分だけど。わりと喧嘩三昧であったというその事実を踏まえて慎重に記憶を探れば、最悪なことに女に絡んでいたクズとはいえ東卍の特攻服トップクを着た連中をのした覚えがあった。ウワー最悪。マイキーとかに報復されたらどうしよう。というか今っていつだ?

「えーっと、2004年6月19日……って、誕生日じゃん」

 二重の意味で。
 というか今がいつかわかっても、かがりは原作未読勢なので詳しい時系列を知らないのだ。2005年の7月頭にタケミっちのタイムリープが始まることしか覚えていない。あとは8.3抗争と《血のハロウィン》の字面からハロウィンにあるんだろうくらいのふんわり具合だ。とりあえず前世の記憶を思い出すきっかけになったくらいだから、場地圭介と松野千冬が既に出会っていることはわかる。目キラッキラの推し、かわいかったな……じゃなくて、記憶が正しければたしか原作で千冬が出会った時場地さんは手紙を書いていたらしいから、そう考えれば既にあの事件は起きているのだろう。
……となると、悲しいけれど来年までわたしにできるのは鍛えるくらいしか無いな。とりあえず誕生日をいろんなひとに祝ってもらおう(唐突)

「ねえアンタたち、わたしに『おめでとうございます』って言いなさいよ」
「……、は……?」
「言えや」
「「お、おめでとうございます!」」
「うんうん、ありがとね〜。実はわたし今日、誕生日なんだけど……悪いと思うなら、わかるよね?」
「「「すいませんでしたァ!」」」
「ごめんで済むなら警察いらねェだろーが! もっとちゃんと誠意見せろや!」


 拝啓、令和の倉里かがり様。どうやらわたしは、自分で思っていた以上に暴力的かつ横暴らしかったのでした。かわいくないって推しに嫌われませんように!




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