掌に祈りがわだかまる


・ふゆとらがずっと自分に転生するのを繰り返してる話
・転生ループ
・前回(血ハロ)の次の周(東卍創設初期)
 トンカラトン。
 電車は止まらない。





「だーかーらー、こっからデカくなってくんだよ!」

 階段の上のほうでマイキーが喚いている。さっきまで場地にドヤ顔でなにかを語っていたのに、もう機嫌が悪い。中学生になったくせに泣いた烏がもう笑うみたいなヤツだ。子どもかよ。

「どーだか。マイキー、チビだし」
「チビじゃねーし! ふざけんな、表出ろ場地!」
「おーおー、上等だコラ!」

 どうやら、また場地がマイキーに突っかかっていたらしい。喧嘩するほど仲がいいってヤツかもしれないけど、こうも事ある毎に張り合われると疲れる。というか危ないし、このなげー階段を駆け上がるのはやめてほしい。落ちてきたら後ろにいるオレたちまで危ない。

「オレ、バカだからわかんねーんだけどよぉ……アイツらの言う表≠チてドコだ?」

 なるほど、そういえばそういうとき≠フ常套句だから聞き流していたが、パーの言う通りだ。オレたちはいま、マイキーと場地、ドラケン、三ツ谷、パー、オレの順で、武蔵神社の境内を目指して階段を登っているのである。出る表なんて無い。

「さあ……? 神社の外とかじゃねーの」

 振り向いたりはせずに、三ツ谷が適当なことを言う。いかにもどうでもよさそうだった。正直オレもそっち側に回りたい。だがしかしさっきからどうにも頭痛がして、そんなどうでもいいことを考えて意識を保つのが精一杯なのである。いま意識なんて落としたら落ちる。階段ココから落ちるのはさすがにヤバい。頭いてぇ。まだ着かねーのかな。脂汗がたらりとこめかみを伝った。

「じゃあマイキーたち、今登ってんのにまた降りんのか?」
「バカじゃん……」

 パーがそう言って鳩が豆鉄砲食らったみたいに仰け反ったから、思わず声が出た。ちょっと震えてしまった気がするけど、呆れと笑いのせいだと思ってくれたらいい。アそういうことになんのかって、正直笑ったのも嘘じゃないし。ただ、それ以上に頭が痛むだけで。

「だな。……おいマイキー、場地、そこまでにしとけ! つーか話し合いのためにわざわざ集まったんだから勝手なことすんなって」

『一虎くん』

 ドラケンの怒鳴り声に紛れて、なにか、幻聴が聞こえた。知らない声だ。名前を呼ばれている。ぱちりと瞬きをした一瞬に、ぐわんと視界が揺れた気がしてたたらを踏んだ。広い地面がある。どうやらいつの間にか一番上まで登りきっていたらしい。これで階段から落ちる心配はしなくてよくなった、と思ってすこし安堵する。

「だってケンチン、場地が!」
「あ゙ぁ!? 別に間違ったこと言ってねーだろ!」
「うるせぇ、二人とも黙れ! マイキー、オマエ総長なんだからもちっとシャキッとしてろ、シャキッと!」
「やいマイキー、ドラケンに怒られてやんの」
「自分は関係ねーみたいなツラすんな場地、テメェもだぞ!」

 マイキー。ドラケン。場地。三人の言い合いが頭に響く。なあオレ、わかんないけど嫌な予感がするんだ。あとなんでか、こんな髪短かったっけって感じがする。おかしいよな。なんか、それこそ女かってくらい、もっと長かった気がするんだよ。

『一虎くんは髪、切らないんですか?』

 うん、切らない。切った方がいい? オレはオマエが言うなら従うよ。オマエが店長なんだから。
 くるくると伸びてきた毛先で指を遊ばせながらそう答えた。なんとなく、目は合わせられなかった。いま考えるとたぶん、何がというワケではないが、怖かったのかもしれない。

『別にいいですよ。でも、店に立つときはくくってくださいね』

 わかった、とオレが言うと、そいつは黒髪の下で猫目の端をすこし細めて、春の陽射しのように笑った。
 ア。
 わかった。
 わかってしまった。
 オレはコイツのこと知っている。頭が割れるように痛かったのはそのせいだ。

 処理しきれない記憶を抱えて、一虎はつかの間俯きで棒立ちになっていた。ちろりと上目遣いで見上げると、さっきまでは目の前にいたはずのパーとさえ、距離が開いている。
 オレを置いて、アイツらはずんずんと進んでいく。いつもオレは置いていかれる側なんだ。壊れるか、壊れないかの二つに一つ。それならいっそ、思い通りにならないものなんてぜんぶ壊れてしまえ。どっちもなんて欲張りは許されないのだから。
 カッと燃えるように激情で熱くなったからだに冷や汗のようなものが一筋流れて、ふと我に返った。なんとなく前が見れなくて、ねずみ色をした地面と、それから自分のつま先を見つめる。ゆらゆらと陽炎のようなものが立ち昇っていて、世界がすこし歪んでいるような感じがした。なんだかくさくさとした気持ちになって、拗ねた子どもがするそれのようにつま先で一虎が地面を蹴りあげたのと同時に、頭の後ろで腕を組んだ三ツ谷が声を上げた。いかにも飽き飽きしました、という気持ちが全面に出ている。

「コレ、いったいいつになったらその『話し合い』ってヤツは始まるんだ?」
「わからん」
「オレもわかんね」

 まだあの三人はワイワイガヤガヤ言い合っている。どうなってんだ。ていうかドラケンは止めに行ったんじゃなかったのかよ、オマエまで参加してどうする。オレたちだけめちゃくちゃヒマじゃん。なんのために呼び出されたワケ?
 苛立ちに、ぐっと眉間に力が入る。さっきまで止まらずにいた冷や汗で体温が低くなっているのか、もうすぐ夏だというのに寒い気すらした。
 出し抜けに、くるりと三ツ谷が振り返った。四つ眉をすこし顰め、どこか訝しげな顔をしている。

「つーかさっきからなんか口数少ねーけど体調でもわりーの、一虎」
「いや、……別に……?」

 突然矛先がこちらへ向いて驚いて、しどろもどろな返事しかできなかった。エ、バレてんのかよ。オニイチャンすげーな。たしかに体調は悪かったけど、コイツらがそんな気にすることでもない。言わないでいいか、と思うけど、からだは正直だ。めちゃくちゃ視線が泳いでる気がする。アイツも言ってたけど、オレってそんなに隠し事下手なのかな。

「そーか? 黒龍ブラックドラゴンとのコトといい、オマエ結構隠すタイプだからなぁ。なんかあったらちゃんと言えよ?」
「大丈夫だって、ちょっと頭痛かっただけだし」
「ソレ、別に大丈夫じゃなくね?」
「イヤ。なんか……いまは治まってるから、ホントに大丈夫」

 だいじょうぶ、ダイジョーブ。アイツが言ってた。変にはぐらかすより、多少正直に話した方が追及されにくい。わかってる。こんなこと話したって頭おかしいって思われるだけだし、頭痛のほうはもう随分治まった。
 そういえば、こういうのを教えてくれるのは有難かったけど、『一虎くんは隠し事なんて上等なコトできねえんだから』って仕方のないものを見るような顔をして言ってきたのも思い出してムカついた。アイツ、なんかいっつもひとこと多いんだよな。オレのほうが歳上だってわかってんだろうか。元不良のくせに意外と上下関係に緩いとかどうなってんだ。ワケわかんねぇ。場地にはめちゃくちゃ尻尾振って犬みてーだったのに。

 場地。

「ア」

 ひっくり返った声が出た。
 世界がぐるぐる回る。覗き込んだまま万華鏡を滅茶苦茶なスピードで回したらこんなふうになるかもしれない、と思った。

「ウ」

 今度は泣く寸前みたいな音。なんでだよ。オレが泣くことじゃねーだろ。オレが泣いていいことじゃない。みるみるうちに目に涙が溜まっていくのを、どうにかこぼれ落ちないように堪える。苦しい。息ができない。



 突然様子がおかしくなった一虎に、三ツ谷とパーは慌てた。目をカッと見開いて、一虎はがたがた震えている。何かを抑えるように口を覆う片手の下で、息を吸い込む音ばかりがかすかに聞こえた。このままだと過呼吸にでもなりそうだった。

「おいマイキー!! 場地! テメーらいったい何やってんだ!!」

 三ツ谷はキュッと眉を顰めて向こうのほうでまだワチャワチャしている三人に怒鳴った。様子のおかしくなった仲間を放って何やってる、と八つ当たりじみた気持ちが盛大に込められた結果、ずいぶんな大声だった。

「なー三ツ谷、コッチ来いよ!!」
「場地、ンなことしてる場合じゃねーんだよ! テメェこそコッチ来いや!」
「ネコ!!!!」
「……は? ネコ?」

「……ねこ?」

 顔色が悪いままの一虎が惚けたように呟いた。ぱちぱちと瞬きをした目には光が戻っている。それから聞き取れないほど小さく何かをもごもごと呟きながら、ゆらゆらと三人のほうへと歩み出した。


.
.
.



「ん〜……」
「一虎、ナニやってんの?」
「診てる」
「みてる」
「コイツ、野良だろ。病気持ってたら困るし、あんま触んなよ場地」
「エ、そうなン?」
「ウン。……ざっと見た感じ、わかりやすいのは無さそうだな。たぶん、捨てられてからそんなに経ってないからだろうけど」

 むやみやたらに覗き込んでくる場地を手ェ洗ってこいと手水のほうへ厄介払いしつつ、独り言つ。ていうか「そうなン?」ってなんだ。もしかしてアイツ、そんなことも知らずに野良猫触ってたのか?

「フーン。オマエ、詳しいのな」
「まァな。可哀想だけど、珍しいコトじゃねーし……つーかガキどもがよく持ち込んでくんだよ。ウチは動物病院じゃねえっての」

 感心したように呟くマイキーが興味本位で手を突っ込んでくるのを阻止しつつ答える。だから触るなって。
 カズトラー、と年上への礼儀もへったくれもなく張り上げるように呼ぶ声を思い出す。中身の入っていないランドセルをガチャガチャ鳴らしながら店に駆け込んでくるガキども。近所迷惑だろっつっても、そんなのお構いナシにいっつもワーワー騒いで拾った野良を押し付けてきた。ウチはペットショップであって動物病院でも保健所でも何でもないと言いたかったけれど、前に飼ってたネコが野良だったとかナントカで、店長のアイツはストッパーの無いガキどもに際限なく拾われてくる野良に甘かった。

「……ドユコト?」

 疑問符を浮かべて目をパシパシと瞬かせるマイキーの様子に、はたと思い至る。しまった。そういえば今のオレはペットショップのヒラ店員じゃなくて、中学生であるのだった。さっきの愚痴とかふつうバイトもしてない中学生のオレが言うワケねーし、めちゃくちゃ不自然じゃん。

「なんでもねー」

 自分でもちょっとどころでなく怪しいなと思いながら目を逸らす。幸いあまりマイキーの興味を引かなかったようで「ふーん。あっそ」の一言で片付けられた。危機一髪だった。黒ひげはいないけど。思い出してなんとなく鼻の頭をさする。酔った勢いで買ってアイツとやったことあるけど、アレ結構痛いんだよな。まだウチにあるっけ?
 みー、と小さく手元から鳴き声が聞こえて我に返った。申し訳程度に敷かれたどことなく黄ばんだ薄いタオルの上で、仔猫はもぞもぞとからだを動かしている。

「あとはビョーイン行くしかねーけど、この辺どっか動物病院あったっけ?」
「ん〜……たしか、ケンチンんちの近くにあったと思う」

 遠くね? ま、いいけどサ。とへらりと一虎は笑った。オレが行くわけじゃねーし。
 手水舎のほうから走ってくる場地と悠々その後を歩いているドラケンを見て、しゃがみこんでいた体勢から立ち上がる。なんかいないなーとは思ったけどドラケンも手ェ洗ってたのかよ。話し合いとやらはドコ行った。モヤモヤとしたものを吹き飛ばすように伸びをするも思っていたよりずいぶん骨が鳴らず、これが若さか…と一虎は遠い目をした。あーあ。

「金とかどうすんのか決めねえとなー」
「エ、金かかンの?」
「そりゃそうだろ」

 オイ、場地もポカンとするな。病院をなんだと思ってるんだオマエら。

「たしか一万はかかるはず」
「ゲ。思ったより要るな」
「まあたしかに、オレら中坊にはだいぶデカい金額だよなー」

 この前だってそれで場地ひとり分しかお守り買えなかったしな、とドラケンが低く笑う。待て待て、なんか嫌な予感がする。

「……ちなみに今、オマエらどのくらいある?」

 おそるおそる一虎は口を開いた。五人は一度顔を見合わせ、ポケットのなかを探る。十秒もしない内に気まずげな雰囲気が六人を取り巻いた。
 せーの、で開いた手を同時に突き合わせる。

「オレ三百円」
「四十八円ならある」
「えーっと……二十六円あるワ」
「自販機用に百五十円」
「オレはそもそも持ってない」
「……オレは五十円……」

 いや、これムリじゃね?
 自分たちのあまりの財布の貧弱さに一虎は真顔になった。一万とか夢のまた夢だろ。お守りのときに学習しとけよ、いざというときに金無かったらどうすんだ。オレとアイツなんて赤字で最悪のときは三食もやし生活が二ヶ月近くは続いたからな。……まあいまのオレも五十円しか持ってないけど。

「じゃ、コイツどうすんの? 放置?」
「うーん、放置はさすがになぁ」
「お年玉崩せば一万はあるだろ」
「一旦家に帰るか?」
「……いや、話し合いは?」

「「「あ」」」

「『あ』じゃねーよ、オマエらが呼び出したくせにケンカして忘れんな!」

 鳥頭か!とさすがの三ツ谷も呆れを隠せない様子で隣にいるドラケンに肘鉄を食らわせている。大人しく食らっとけドラケン、と念じる。仲裁しに行ったはずのコイツが戻ってこないせいでオレら三人が待ちぼうけさせられてた恨みだ。

「で、わざわざオレら呼び出してまでする『話し合い』って何だよ」

 肘鉄の応酬をスルーした場地が問うた。この頃はまだコイツも髪が長くない。最後に見た記憶との齟齬に、一虎はなんとなく気持ちが浮つく感じがした。

「最近一個下を中心に、有名どころのヤツらがトーマン≠名乗る金髪の男に潰されてるらしい」

 淡々としたマイキーの言葉に、ドラケンを除いた全員が訝しげな顔をした。

「金髪って……マイキーかドラケンのことじゃねーの?」

 他の三人もうんうんと頷いているが、言いながらそれは違うと一虎にもわかった。創設時に場地が言ったようにマイキーは天上天下唯我独尊男であるので、その程度であれば日常茶飯事のようなものである。それだけであればわざわざこんな話し合いなど持たないはずだ。

「そいつ、リーゼントらしいからオレとケンチンじゃねーよ」

 オレはともかくケンチンの髪をリーゼントと勘違いしてるって線なら無くも無いけど、と言うマイキーはどこか不機嫌だった。
 つまり、噂のそいつはここにいる創設メンバーの誰でもない──東卍じゃない。それなのに東卍と名乗っている。それってどういうことだ? というか、こんなこと昔にあっただろうか。まったく覚えがない。

「ギャハハ、マイキーがリーゼントとか!」
「うるせー場地!」

 似合わねー!と腹を抱えて笑って場地がマイキーに蹴られている。そろそろ懲りろよ。まあ、オレもマイキーにリーゼントは似合わないと思うけど。

「……なあ、おかしくね?」
「なにがだよ」
「マイキー、そいつの言ってるトーマン≠チて、オレらのチームとは違うよな?」

 そうであってほしいとでも言いたげに祈るようにして三ツ谷が問うた。

「オマエが思ってる通りで合ってるよ、三ツ谷。そいつはトーマンだけでなく東京卍會≠ニ名乗るコトもあるらしい。よくわかったな」

 ハートでも浮かべるように跳ねた調子で、マイキーが笑む。オニイチャンの手本とさえ言えるだろう三ツ谷には数歩及ばない兄の顔、ではなく総長の顔だった。

『オマエはオレのモンだ、一虎』

 思い出す。

『オレはオマエの敵か?』

 思い出す。
 思い出す。
 つうと背中を汗が伝った。寒い。怯えるようにぴくぴくと顔が引き攣る。
 オレは。
 どうして、オレは。
 縋るように爪を立てたズボンの生地にくしゃりとしわができる。血が出そうなほど強く、くちびるを噛んだ。そうでもしないと泣き声でも呻き声でもなんでも、無意識のうちに出てしまいそうだった。

「つまり……どういうことだ?」
「あのなぁ、パー。東卍はこないだ創ったばっかで、メンバーはオレらしかいねえだろ。マイキーでもドラケンでもない金髪リーゼントのヤツなんて、いるワケねーんだよ」
「そ。だから話し合おうと思って、オマエらのこと呼んだんだ」

 一虎をよそに、話は進む。

「なんでそいつは東卍を名乗ってんだ?」
「潰したトコの恨みをオレらに擦り付けるためとか」
「あとは……ついこの間黒龍ブラックドラゴンを潰して名をあげたワケだし、入れてくれって主張してるとか?」
「あ、やっぱ知名度上がってんのか。オレも来る前に絡まれたワ」
「つーか、そもそもドコの誰だよ」
「潰されてるのは一個下のヤツらが多いらしいし、たぶんそいつもそうだろうな」
「オレらの一個下ってコトは……つまり小六か?」
「小六で金髪リーゼントとかキマッてんな」
「ドラケンが言うことじゃねーだろ」
「オマエもな」
「うるせぇ、黙ってろ」

 ずりずりと玉砂利を足の裏で引っ掻いて、後ずさりしそうになる。
 そんなことはできない。
 何も見たくない。いっそ、口も顔もぜんぶ、覆ってしまいたかった。
 そんなことはできない!

「一虎」
「おい、一虎」
「急にどうした」
「大丈夫か?」
「一虎?」

 ひ、ひ、と浅く息を吸う。カタカタと震える手で口を塞いだ。
 このまま息を止めていたら。
 そしたら。
 そうしたら?

「ちょっと、一虎くん!」

 だかだかと石畳を踏みしめる音を高らかに響かせて、ふわふわの金髪が突然、社とは反対を向いていた一虎の視界に入った。もともと浅くなっていたところでのあまりの出来事に、面食らって息が詰まりげほげほと盛大に噎せた。そうこうしているうちに目の前に来ていたそいつに、鳥居から走ってきたのであろう勢いのまま肩を掴まれて揺さぶられる。
 ……いや痛い痛い。いまあのピアスしてたらゼッテェ鈴がめちゃくちゃうるさいコトになってた。よかったしてなくて。いやそもそもまだ穴開けてないからピアスもクソもねーけど。ていうか痛い。マジで。

「誰だテメェ!?」
「待て待てドラケン、落ち着けって。見た感じ一虎の知り合いっぽくね?」
「あ゙?」

 一虎を囲んで輪になっていたところを、突然の乱入者に乱暴に押し退けられたらしいドラケンが怒鳴り声を上げた。ごめんドラケン、たぶんオレのせいだけどいま言い訳もなんもできねぇわ。止めてくれてサンキュー三ツ谷。さすがにオレのせいでコイツが殴られんのは心が痛む。ていうかなんでコイツはずっとオレのコトを揺さぶってんの? 痛いんだけど。

「ちょ、いた、痛いって!」
「アンタなにやってんスか!?」
「離せって、首ガクガクしてっから!」
「オレ、結構足速いんですからね。逃げられると思うなよ」
「会話をしろっつってんだよ! いーから離せ千冬!」

 ちふゆ、と名を呼んだその瞬間「あ」とはくりとまるでわななくように千冬の口が開いて、でも、どうにもならない。そう変わらない目線が合うなか、ブルーグリーンの瞳にきらりとなにかが過ぎったのが見えた気がした。それと同時に、くたりと力が緩むわけでもなく、掴まれたときと同じようにパッと突然離される。かと思えば腕を掴みなおされて、ぐいぐいと強い力で他の五人から離れたところに引っ張っていかれた。

 雑木林に差し掛かり、木々が太陽の光を遮って境内よりも明るさが一段低くなったところで、腕から千冬の手が離れていった。むかし・・・よりもずっとまるい、子ども特有の顔の輪郭と染められた金の髪に、幼いなと思う。それでも、ひたとこちらの目を見つめる猫目は変わっていなかった。

「名前、呼びましたね」
「それがなんだよ」
「結局あんときのアンタ、面と向かってオレのこと呼ばなかったでしょう。だから」
「いや、待って。何の話?」
「だから、前回のことですよ。まさか覚えてないんですか?」

 オレのことを思い出してるのに?と千冬は驚いたような表情をつくった。わざとらしい感じがするけど、これは結構本気で疑ってるときの顔だ。

「前回?」
「……血のハロウィンです。オレが熱と勘違いしてぶっ倒れた」
「あ」

 アラサーにもなってンな勘違いするとか恥ず……と千冬が僅かに頬を紅潮させているのをよそに、一虎はただ「あ」の音を口から垂れ流した。あ〜〜。血のハロウィン。倒れた千冬が死ぬと思ってオレがクソビビったヤツ。覚えている。

『あと、おねがいしますね』

「なんですか。オレの顔になんか付いてます?」
「……いや、チビだなって」
「……、まあ小六ですからね。こっから伸びますから、オレは。じゃなくて」
「うん?」
「アンタ、あのときなんであんなことしたんですか」

 刹那。あのとき、黒髪を振り乱した千冬はたしかに、睨むような目付きで一虎を見ていたのだと思った。いちばん古い、それこそ原初の記憶だ。それを思い出して、一虎はぎくりとした。
 だってそれは。
 それは、どうしようもない、オレの罪で。

「なにも、死ななくたってよかったでしょう。あれじゃ単に自殺じゃないですか」

 千冬は不可解そうな声で、そう言った。どこかあっけらかんとした調子だった。
 おかしい。あのこと・・・・についての話で、千冬がこんなふうであるはずがない。

「オレが倒れて、そのあと一虎くんも気絶したって聞きましたけど。まさか、起きたらアンタが持ってたナイフで腹刺して死んでるとか、そんなの思うはずがないじゃないですか。東卍も芭流覇羅も、みんな大混乱でしたよ。死人が出るとか、もうケンカどころじゃないし」

 ナイフ。芭流覇羅。東卍。
 違う。コイツはずっと前回・・の話をしている。

「まあ、オレも場地さんを刺そうとした野郎を邪魔してそう経たないうちに結局死んだんですけど。で、アンタ、なんで死んだんですか?」

 は?

「死んだ?」
「え?」
「千冬も死んだの?」
「あ、ハイ。……あれ、やっぱりアンタ知らないんですか」
「なにを」
「一虎くんが死んだらオレも死ぬんですよ。オレが何しようが関係なく、だいたい一日以内に」
「……は? いや、え? はァ!?」
「まあ今までたぶんほとんどアンタのほうが先に死んでるみたいだし、知らなくてもおかしくはないですけど」

 でも知らないからってバカスカ軽率に死なれると困るんすよ。痛いから。
 言っている割には困っていなさそうな顔で、千冬はそんなことをのたまった。それはもうけろりとしている。

「……あー、あと、これは確証はあんまり無いんですけど、死因も結構被るみたいですよ。前回はそれでふたりとも刺殺」

 次に死ぬときはもうちょっと痛くないといいですよね。……あ、次っていまか。
 そんな一人ツッコミをして、何がおかしいのか千冬はくすくすと笑みをこぼしている。元不良で流血沙汰に慣れているとか関係なしに、コイツはおかしい。死ねば繰り返す──そんな度重なる生まれ変わりとかいう不思議現象に、きっと頭がおかしくなってしまったのだと思った。
 ……オレのせいで。

「千冬」
「……? なんすか」
「オマエ、なんでこう≠ネったかって、覚えてる?」
「……いえ、特には」
「じゃあ、オレが……車に轢かれたことは?」
「まあ、朧気になら覚えてますよ。ええっと……なんだっけ、いちばん最初の……あの日はたしか、急に一虎くんが店から飛び出して」

 そういえば泣いていたような、とぼそりと呟いて、それから片手で口を覆った。なにかを探すように見開かれた目は現実を見ていない。

「でも」

 なんでそうなったんですっけ。
 呆然とした千冬が呟く。ゆらゆらと碧い瞳が、わかりやすく揺れていた。


 わかってしまった。
 千冬はあのことだけ・・をすっかり忘れている。
 この生まれ変わりのはじまりとも言える死の、きっかけを。
 オレの罪を。


 オレが二度もコイツの大事なモンを壊してしまったというそれだけを、千冬は忘れている。






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