とうとういびつにしかなれなかった


・ふゆとらがずっと自分に転生するのを繰り返してる話
・転生ループ
・一回目の転生と何回目かの転生の二本立て
 信号待ちに騒めく人の群れ。そのちょうどなぜかぽっかりと空いたスペースで、場地と千冬は身を寄せ合うようにしてだべっていた。他校の不良やつまらない教師といった者たちから呼び出されることもなく、今日の学校はいっそ退屈なほどに平和であった。物足りなさを感じながらも、そこは箸が転がっても笑える年頃、知り合ったばかりであるふたりはそれぞれ互いに話をしては盛り上がった。

「それで、山田のヤツが……」
「なんだソレ! 千冬ぅ、オマエ面白いな!」
「おもっ、いえ、滅相もないです!」
「メッソウ??」
「あー……場地さん、『滅相もない』っていうのはですね……ん?」
「あっちの方、なんかうるせぇな」
「救急車の音するし、事故かなんかですかね」

 向こうの交差点とか車通り多いですから、とすこし首を伸ばすようにして千冬が言った。どうやら何か見えないかと思ったらしかった。ピーポーピーポーと辺りに劈くような悲鳴をあげながらまた一台、ふたりの目の前を救急車が走り去っていった。

「事故か……オレらも気ィつけねぇとだな」
「そッスね」

 瓶底メガネを照り返しのきつい夏の日差しで光らせながら、場地が神妙なふうに唸った。自分も一端の単車バイク乗りではあるので、千冬も場地に倣うようにしてそれに頷く。最低限の交通マナーというやつは守らなくては命が危ないので。それ以前に無免許であることは考えない。

「ア。場地さん、信号変わりましたよ!」
「うし、渡るか。……千冬ぅ」
「なんスか?」
「なんスか?じゃなくて、カバン。いつまでオレんまで持ってんだ?」
「えぇ……そんなの、オレが場地さんの役に立ちたいからに決まって」

 「る」と最後の音を言い切る前に何かを口走って、千冬は目を見開いた。場地は千冬よりもすこし先を歩んでいる。

「ンだよ、最後まで言えっての」

 突然黙った千冬に、訝しげに顔をすこし顰めて場地が振り返る。万が一にもこの人が、と加速する思考の無意識で、ほとんど触れられずとも千冬は場地を勢いよく突き飛ばした。

 どん、と重く、大きく、つよい。

 千冬に走った衝撃のあとに、ごうと風が吹き抜けた。あまり手応えがなかったとはいえ千冬の火事場の馬鹿力とでも言うべき渾身の力にどうやら競り負けたらしい場地が、横断歩道を渡りきった先の歩道に乗り上げるようなかたちで倒れ込んだまま、なにか信じられないものを見るようにこちらを向いている。
 掠れた息で、千冬はふっと笑みを漏らした。誰もがただの息だろうと言うような、そんな笑みだった。

「千冬……!!」

 焦ったように駆けてくる場地をじわじわと霞みゆく視界で認めながら、ごめんなさい、と千冬は心のなかで呟いた。刻一刻と死へと向かうなか、千冬は場地や思い残すことについてではなく、別のことを考えていた。

(かずとらくん)

 アンタ、なんで。
 ぱちんと意識が弾けて、消えた。













 思っていたよりもずっと遠くにセットが崩れてぐしゃぐしゃになった金髪が見えて、ああくそ、と千冬は口のなかに溜まった血の混じった唾を吐き捨てた。

(くそっ。情けねー……)

 いくら士気で勝っていたって、多勢に無勢な状況に変わりはない。千冬がひとりを殴り飛ばしている間にだって、他のヤツがいる。そうしてかかってくる野郎をどうにか相手取るうちに、背中を守ると言ったはずが、千冬は当の相棒とずいぶん距離が開いていた。

「相棒……ッ!」

 人の波を掻き分けてぐっと身を乗り出したところで、突然後頭部のあたりに強い衝撃が走った。からんと金属質で軽やかな音が地面を引っ掻いたのを頭の後ろで聞いていた。立っていられなくなって、ぐらりとからだが傾ぐ。

「ざまーみろやトーマン!」

 千冬を殴っただけで、勝ち誇ったように顔を醜く歪める男を霞んだ視界のなかに捉える。片手にさっきの得物らしい鉄パイプを握っている。なんて卑怯なヤツらだろう。白いジャンパーを憎々しげに睨みつける。そんな腐ったチームが場地さんに似合うはずがない。ぐわんぐわんと耳鳴りがしてままならないからだをどうにか動かして殴ってやろうと千冬が思ったときには、男は黒を纏った他の仲間に殴り飛ばされていた。

(そっちこそ、ざまーみろ……)

 なんとなくスカッとして、場地さんの大事な、オレたちの東卍を馬鹿にするからだ、とついでに啖呵を切ってやりたかった。東卍を馬鹿にされたらそりゃみんな怒る。因果応報だ。──でもたぶん、場地さんならこんなとき「インガオーホーってナニ?」と不貞腐れたような顔で問うてくるのだろう。場地さん。場地さん。
 からだを支えていられなくて、どさりと地面に膝をつく。一週間前に場地さんに本気でボコボコにされた傷は治りきっているとは口が裂けても言えない。そのうえ鉄パイプなんかで頭を殴られたのである。誰もが今の千冬を満身創痍だと言うだろう。周りでは砂ぼこりを舞わせながらドカドカとあちこちで乱闘が起こっている。轢かれたらどうするとか、そういうことは考えられなかった。ただでさえ今の千冬は、右目が眼帯で塞がれていて視界が狭い。残った左目で戦況を見極めようにも、頭を殴られては目に入った砂ぼこりも相俟って視界が霞む。

「テメェ、一虎ぁ!」

 向こうのほうで、マイキー君が吼えている。ひらりと、風で金髪が揺れた。呆然と積み上がった廃車の山のてっぺんのほうを眺める。かずとら。かずとらくん。ちりりんと、耳元で鈴の音がする気がする。

『千冬!』

 千冬の意識はもう、廃車場にはなかった。くらくらと目眩がする。熱かなにかだろうか。他の者にまで移しては動物たちの命が危ない。狭まった視界のなかに黒と金の長髪が見えた気がして、千冬は無意識に口を開いた。

「かずとらくん」

 口が回らなくて、思いのほか舌足らずな幼い声が出た。はあと熱い息を吐き出すと流れで砂ぼこりを吸ってしまって、げほげほと咳をする。苦しい。頭が痛い。

「かずとらくん」
「……ぁ。ち、ふゆ?」

「ほら、帰りますよ」

 そんなことしてないで、ほら。
 安心させるようにへらりと笑うと、ゆらゆらと涙が膜を張っていて視界が歪む。そんなことって、どんなことだっけ。とうに閉じてしまっていたのか、右側は何も見えない。ふと、なんだか静かだなと思った。

「おい、千冬?」
「オマエ、何言って」

 あれ。オレいま、何言ったんだっけ。ぐわんと頭が痛んだ。そう、頭が痛くて。たぶん熱だろう。アラサーにもなって体調管理ができてないとか情けねー、とは自分でも思うけど、いまは小言とかそういうのはナシでお願いしたかった。それぐらい痛い。でもあのひと、ドコにいんだろ。鍵とかいろいろ頼みたいのに。まあどうせ狭い店のなかだ、その辺に──近くにはいるだろう。あの、と力の入らないからだでなんとか、そこそこデカくくうに声をかける。

「一虎くん、オレ、なんか……熱があるみたいで」
「なあ……」

 あ。またそんな高いところに。電球かなんか、切れてたっけ? 馬鹿とナンタラは高い場所が好きとは言うけど、なにもそんな不安定なところにいなくたっていいのに。まあ、なんでもいいや。

「あと、おねがいしますね」

 あれ。なんでオレ、あのひとのこと、見上げてんだろ。そんなことを考えながら、くるりと意識が闇へ沈んで。

 どさりと、千冬は倒れてしまった。







「千冬!?」

 ガシャン! と足の下で廃車が大きく音を立てた。千冬。千冬。ワケのわからない焦燥感が一虎を駆り立てる。ガランガランとけたたましい音を立てて手のなかから鉄パイプが転がり落ちていった。どうしよう。千冬が、倒れて。

(オレ、アイツまで失くしたら……ッ)

 ひう、と息をのむ。いやだ。そんなのイヤだ。仮定でもそんな想像をしていたくなくて顔を片手で覆った。バァンと、聴いたこともないはずの銃声が頭のなかで甦る。暗闇のなかで、黒髪を散らして顔の見えない千冬がからだを投げ出していた。千冬。オレを置いてかないで。

「おい一虎テメェ、ドコ行く気だ!?」
「離せよマイキー、千冬が!!」

 下へ下へと身を躍らせようとすると、突然ぐっと右腕を引かれてつっかかるような痛みが走った。すこしでもはやく、そう、千冬が殴られたりする前にアイツのところに辿り着きたいのに邪魔されたのにイライラして、怒鳴る。
 マイキー、オマエなんでハダカなの。なんか懐かしいカッコしてんね。そんなどうでもいいことが頭を過ぎらないワケじゃなかったけど、それより千冬だ。

「千冬!!!」
「千冬千冬って、テメェはさっきからいったい何がしてぇンだ、一虎!?」

 だらだらとこめかみから血を垂れ流したマイキーが、一虎に吼える。血。ゆらゆらと彷徨わせた視線が、遥か下のほうにある一虎が手放したそれを捉えた。さっきオレが、鉄パイプあれで殴ったから。ひ、ひ、と息が上がる。あれ。なんでマイキーが。

「マイキー……ち、千冬が……」
「……?」
「アイツが死んだら、オレ、オレ……!」


「……オイ、一虎」

 後ろから、もう遠い記憶のなかにしかいない低い声がする。うそだろ。掴まれたままの右腕を気にもとめず、勢いよく振り向いた。ぐきっていった気がするが、そんな痛みはどうでもよかった。でも、どうでもいいそれが一虎にいま≠ェ現実であることを突きつけていた。

「…………場地?」

 白いジャンパーを着た場地が、一虎がさっき手放したのと似たような鉄パイプを握って顔を顰めていた。

 なあ、千冬。目の前に、なんでか生きてる場地がいるんだ。オレたち、どうなってんだろうな。
 理解するには埒外の事態に、実はずっと感じていた頭の痛みに身を委ね、一虎は意識を手放した。






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