きみと目指す星の位置


「じゃあ、ちょっとお母さんマグノリア博士と話があるから。ホップくん、うちの娘をお願いね」

 以上、あれから『ハジメマシテ』の男の子に向かってわたしの母親が言い放ったすべてである。わが母ながら悪党だ。ここでホップ(くんは付けなくていいと言われた)がいなければ、わたしが一人で本に夢中になっていたことを見越している。そうでなくても、いかにも超健康アクティブ男子といった風貌のホップくんにお願いされたというのはなかなか不安だ。ガラル地方のセレネはなんとなくインドア派だった。ファッションではないがどちらかといえばインドアに比重が傾いている。
 それに、思い出す以前のセレネが興味のなかった世の中についての知識を集めたい。この世界がセレナであったときの延長線にあるのであれば、少なくとも初代主人公及びライバルの存在が確定する。そして、それは連鎖的に各ゲーム主人公たちが存在するという証左にもなり得るのだ。ミアレのポケセンにいたお姉さん、ありがとう! あの時は何聞かされてるんだろとか聞き流してすみませんでした。今メチャクチャ役に立ちます(未来形)。

「ねえ、ホップく……ホップ? ここに雑誌とかあるか知らないかな、出来たら読みたいんだけど……」
「雑誌? あるけど、どんなやつなんだ? 研究所だからな、ここのはダイマックスについてのが多いんだぞ」
「う〜〜ん……じゃあ、ガラルじゃないところが特集されてるやつとか、あるかな」
「えーっと……あっ、あるぞ! オレんちで買ってるヤツの先月号のがたしかそうだったはずだ!」
「エッ、オレんち? ホップくんのおうちってこと?」
「? そうだぞ。それがどうかしたのか?」
「ホップくんの家って、ここから近いの? お隣さんとか?」
「え? いや、オレんちはお隣はお隣でも、ブラッシータウンの隣だぞ。ハロンタウンにあるんだ」
「はろんたうん」
「おう! オレのアニキは無敵のチャンピオン! ダンデなんだ!」

 腕を組んで自慢げにするホップくんは、たしかに褐色に紫の髪で……今まで気付かなかったのがおかしなくらい、テレビで見ていたチャンピオン・ダンデの配色とそっくり同じだった。

「……ええっと、それで、ホップくんちはハロンタウンにあるんだね? つまり……隣町までわざわざ取りに行くってこと?」
「そうだぞ。というか、なんか反応薄くないか? セレネもアニキのことは知ってるだろ?」
「そりゃあ、ガラルの人間だからね。チャンピオン・ダンデのことは、もちろん知ってるけど……わたしが今いちばん知りたいのは他の地方のことだし」

 それに、忘れていたけどホップくんと言えばゲームのライバルポジションだった。わたしが今執心しているのはガラル地方じゃなく、カロス地方であるし、ぶっちゃけてしまえば特段興味が無いのだ。所詮わたしにとって、チャンピオン・ダンデはテレビの向こうの人間であるので。この地方でジムチャレンジをするつもりは今のところ無いし、ホップくんとの交流も今日限りだろう。そう考えると、深入り、肩入れはあまりしようと思えなかった。

「ふーん……セレネって、変わってるんだな!」
「べつに、変わってるとか……そういうのじゃないよ。本が好きなだけ」
「……じゃ、オレ、取りに行ってくるな! ぜったい、ここから動くなよー!」
「え、ちょ、待ってよ……!」

 行ってしまった。いいんだろうか、勝手に動いて。……ああいや、そういえば、ホップくんは別にわたしに関係なかったんだった。お母さんが用があるのはマグノリア博士で、ホップくんはたまたま研究所ここに居合わせただけだ。じゃあ、別に怒られないか。なら、いいか。

(それにしても、やっぱり本が多いな……)

 研究所の壁を覆うようにして、ぐるっと本棚が所狭しと並んでいる。あの時は止められて読み損ねた本の山に近付いて、積まれた背表紙を上から下へ順に読む。

「『ダイマックスの謎』……これはマグノリア博士か。『ポケモン川柳』……なんで川柳の本がここに? えーっと、著者はユキナリ・オーキド……オーキド博士!?」

 正直なところ、マグノリア博士のダイマックスについてはとても気になるし読みたいけれど、それよりも好奇心が勝った。オーキド博士の『ポケモン川柳』なんて本があるなら、他の地方の博士も……ナナカマド博士やオダマキ博士、アララギ博士に…プラターヌ博士の本もあるかもしれない。セレナだった頃はそういう専門書?に触れる機会は無かったし、あの時知り合った博士が実際どんなことを研究して、どんな本を書いたのか……とても気になる。触れなくても、中身が読めなくたっていい。とにかくこの好奇心を満たしたいのだ。
 本棚の前に積読をするなんて邪道だけれど、今回ばかりは助かった。都合よく背表紙もこちらを向いている。あとは上から下へ、舐めるように読み、いちばん下の本は這いつくばってでも読む……!

「セレネー、あったぞ! ……何してるんだ?」
「お、おかえり……」

 口と行動での騒々しさとは別にドアは静かに開閉させたのか、それともセレネの運動神経が這うという体勢からの立ち上がりを即座に実行できなかったのか。とにかく気付いたときにはホップくんはわたしの痴態を目撃してしまっていた。

「ちょっと、本に……ね。とにかく! はやく見せて! というか、いっしょに見ようよ」
「え、あ、おう!」

 あくまで「見る」というのがコツだ。他人と同じペースで読めるはずがないし。
 提案したはいいがこの研究所のことを何も知らないわたしと、少なくともわたしよりはここのことを知っているホップくん。それに気付いてまごついているわたしをよそに当然のようにホップくんはどこからか二つ椅子を引いてきた上に、エスコートまでしてくれた。しょ、将来有望な紳士だ……!

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