太陽だって星のひとつ
「よろしくな、セレネ!」
「……よろしく?」
何がどうしてこうなったんだ。気が付いたらこの世界……ガラル地方の博士の研究所にいたんだけど、瞬間移動でもした?
◆
おかあさんおかあさん、わたしポケモンほしい。自分のポケモンほしい。それもカロスの!
初めてねだったのが一週間前。ハイハイわかったわ、とまではいかないが軽く宥められてちょっとむくれたのもちょうど一週間前。私が寝ている時間になって家族会議が行われていたらしいのが六日前。それからなぜかしばらく我が家は静かで、そしてどこか忙しなかった。
そして今日。お出かけの準備をしましょうね、とにこにこ笑顔のお母さんに靴やら服やらを着せられて、気が付いたら電車に乗っていた。どうして。それにこの、着せられた服。いつも泥だらけにしても気にしないようなやつじゃなくて、どっちかといえばお出かけ用のやつだ……なに? おめかし? おめかしなの?
混乱の収まらないまま電車を降りたそこは、普段住んでいる街よりはるかに長閑なところだった。ふぁああ、なんて間抜けな声がつい漏れてしまって、恥ずかしい。
「おかあさん、ここどこ? なにするの?」
駅から出て人を待つでもなく、すぐに私の手を引いて歩き出したお母さんはここ一週間でいちばん楽しそうだ。『にこにこ』っていうか、『ニヨニヨ』っていうか……? いや、別に嫌な予感とかそういうのは、しないんだけど。ただちょっと、不思議だなあ、と思うわけですよ。
「もうちょっと歩くわよ〜セレネは強い子だから、おかあさん抱っこしなくても大丈夫よね?」
「え、うん、歩ける。ていうかもうそんな子どもじゃないんだから、そもそも抱っこなんてしなくていいよ!? ……じゃなくて、ねえ、おかあさん!」
「う〜ん。ついてからのお楽しみ、ってやつよ」
「じゃ、じゃあ、これだけ教えて。ここ、どこなの? わたしが知ってるところ?」
「ブラッシータウンよ。え〜っと、たしかセレネは来たことは……あるけど、ずいぶん小さい頃だったかしら」
「ぶらっしーたうん……?」
初めて聞いた、というのが本音だった。でも、トレーナーズスクールに通っている以上は知ってるということを思い出して、独りでに顔が赤くなる。そういえば。そういえば、チャンピオン・ダンデの出身って、ブラッシータウンじゃなかったっけ……?
てくてくてく。てっきりブラッシータウンのどこかが目的地だと思っていたのに、物珍しさでアレコレ惚けているうちにすっかり通り過ぎてしまって、ますます不思議が強まっていく。とうとう『A』と書かれた看板の立つ道路へと手を引かれたときにはもう何もわからなくなった。避けられない草むらに踏み入れば、ワッと蜘蛛の子散らすように逃げていくポケモンたちに対して、すこしばかり申し訳なく思う。
「はい、とうちゃーく。ここが今日の目的地です」
「……え、ここ、って」
じゃん、ここです! 元気に両手で指し示されたそこ。見たことは無いはずなのに、その雰囲気を知っている気がした。
「お、かあさん。ここって……」
「うふふ、マグノリア博士の研究所です」
研究所! やっぱりそうなんだ。そういえばそうだった。そしてチャンピオン・ダンデの出身はブラッシータウンじゃなくてハロンタウンだった……恥ずかしい。たぶん研究所とごっちゃになってたんだ。こうして直面すると、もうだいぶゲームの知識もうろ覚えなことがわかる。……それにしても、あの特徴的なモンスターボールが描かれてないのはなんでだろう?
どうやらインターホンはついていないようで、お母さんがそっとドアノッカーを握り締めている。ゴンゴン、と木を叩く鈍い音が響いて、すこし不安になった。金属で何度も叩くなんて、ドアが傷まないのだろうか。
「はい……おや? 君はたしか……」
出てきたのはお爺さんだった。どうやらここは研究所ではなくマグノリア博士のお宅であり、博士は今研究所の方にいるらしい。どうりで。今までの経験上、研究所にはどこもモンスターボールが描かれている。この建物は、どう見たってただの大きくて広い素敵なお家だ。
「おかあさん……」
「ご、ゴメンなさいね。お母さん、間違えちゃったみたい」
「ふつう、研究所に行くのに『道路』なんてとおらないよ……」
お母さんはとっても素敵な大人だけど、時々どうしてそうなるの?と思うような失敗をする。研究所はポケモンを持たない子どもが安心して行けるくらいには安全なところにあるのが常である。少なくともはじまりのまちの子どもが避けられないような草むらのある道路は渡らない……はずだ。たぶん。
チッチッチッと舌を鳴らせば、またポケモンたちが逃げていく。むき出しの足を草が撫ぜてくすぐったい。繋いだ手を辿って見上げると、ちょうどお母さんの腰のあたりにモンスターボールが取り付けられている。中にはキュウコンが透けて見えて、なんだかあたたかい気持ちになった。
「もうちょっとだからね、」
コソッと腰に近付くようにして囁けば、どうしたの、とお母さんが怪訝そうな顔をした。
「なんでもない!」
くふふと抑えきれない笑みがこぼれてしまって、誤魔化すようにぎゅっと母親の腕に抱きついた。ほんとうならこのままクルクル回ってしまいたいけれど、さすがにこの体勢でそれは出来ない。
それにしても、精神年齢が著しく下がっているような気がする。具体的に言えば、身体年齢よりすこし低いくらいだろうか。この世界では最低十歳から旅に出られる程度には子どもの精神年齢が高い。その事から考えると、やっぱり『わたし』の精神年齢は多少低いと思わざるを得ない。……そういえば、セレナが旅に出たのって、何歳の時だったっけ?
「はい、今度こそ研究所に到着よ!」
腕にしがみついている為に、引きずられるようにして道路を抜けると、また来た道を戻るようにして歩いた。ぐんぐんと大人の歩幅で変わっていく景色を眺めていて、気付いたことがある。マグノリア博士の研究所って、よく見るとわりと駅を出てすぐのところにあるよね?
(やっぱり、おかあさんってドジなのかな……)
失礼なことを黙りこくって考えていると、いつの間にやら研究所の中に足を踏み入れていた。インターフォン、押したのかな。俯いていた顔を上げると、やわらかな陽の光がガラスを透けて射し込んでいる。眩しさに細めた視界の中にたくさんの本棚を見て取って、ぽかんと口を開いた。……本だ。興奮する心のままに、繋いでいた手をぺぺっと簡単に離して本棚に駆けよろうとする。焼き付いた思考のまま積み上げられた本のいちばん上に手を伸ばすと、横から飛び出してきた褐色に捕まった。
「えっ……?」
「おまえ、何してるんだ? 勝手にひとのものを触っちゃいけないんだぞ!」
「……きみ、だれ?」
あれ? わたし、……あれ? ここって……
我に返って後ろを振り向くと、お母さんの隣に見覚えのない女性がふたり、立っていた。おばあさんと、おねえさん。どちらも驚きと微笑ましさの入り混じったような顔をしている。
「セレネ、紹介するわね。この方がマグノリア博士よ」
「こんにちは。わたしがマグノリアよ。こっちは、孫のソニアです」
「ソニアよ、よろしく。えーっと……セレネ?」
「はっはじめまして、セレネです。……あ、あの、勝手に本読もうとしてゴメンなさい」
あと、離して……。もごもごと気まずさに口の中で尻すぼみに消えていった言葉を、どうやら目の前の男の子はきちんと聞き取ったらしかった。
「あ、ゴメンな! 何回か呼んだんだけどおまえ、ちっとも聞こえてないみたいだったからさ……」
「こーら、ホップ。言い訳するな!」
「イッテェ!? 何すんだよ、ソニア!」
「あんたがサッサと離さないのが悪いんでしょ。ほら、この子に自己紹介しなよ!」
止める間もなく眼前で振り下ろされた拳に固まっていれば、いつの間にやら話の流れがこちらに向いていたようで、太陽の目をきらきらと輝かせた男の子がわたしに向かって手を差し出している。
「オレ、ホップ! よろしくな、セレネ!」
「……よろしく?」
──ラッサンブレ サリューエ!
その出会いに、かつてのお隣さんを幻視した。きっと、目の前の男の子が彼だったら、ここでバトルが始まったんだろうという強い確信がある。
そして、それはたしかにガラル地方のセレネが、この物語の『主人公』でないのだという証明だった。
*ガラル地方のセレネ
今回やっと原作キャラに出会ったひと。
本が好き。うつくしいものが好き。
あくまで剣盾の主人公ではない。この夢小説の主人公です。
*未来の博士、な自称助手
みんな大好きソニアさん。
本当は「自己紹介しなよ!」でセレネを名前呼びする予定だった。さすがに距離詰めすぎ……ということでボツに。言うて剣盾本編でグイグイ来てる気がしなくもない。
*おーっす! 未来のチャンピオン!
みんな大好きホップくん。
輝く太陽の目をもった男の子。めちゃくちゃいいこ。今回はたまたま研究所へ遊びに来ていた。
*ガラル地方の博士
お茶目さん。書き手はこの人のことがだいぶ好きです。お宅がすてき。研究所もすてき。
*セレネのお母さん
仕事中はちゃんとしているが、私生活だとちょっぴりドジらしい。
手持ちに2ばんどうろのポケモンを蹴散らせるようなキュウコンがいる。
この度本に興奮したセレネに繋いだ手をぺいっとされた。
*マグノリア博士のお宅
モンスターボールが描かれていない。すてき。
*マグノリア博士の研究所
モンスターボールが描かれている。すてき。