Kくんへ


()は詠子が書いたもの
《》は手紙には実際には書かれていない説明



 ときどき、きみのことを考える。




 朝、目が覚めて秋の柔らかな日差しに照らされた部屋を見たとき。すこし開けられた窓の隙間から流れ込んでくる冷気にさらされたとき。涼しいと感じるなかで、あたたかな布団が素肌を覆って気持ちがいいとき。
 昼、大口を開けてラーメンを頬張って、でも、醤油ベースのスープが白いシャツにとばないように気をつけるとき。大皿に装った素麺の隙間から覗く氷が、差し込んだ箸に掻き回されてからんと涼やかに音を立てたとき。体育でかいた汗を、横着して体操服で拭うとき。
 夜、鍋のなかでぐつぐつと煮えるスープに姿を溶け込ませたくずきりを探すとき。湯船に浸かって、動いた拍子にぱしゃりと水音がしたとき。眠ろうとして、目を瞑ったとき。
 さっきは「ときどき」だなんて書いたけれど、ほんとうはふとした拍子にきみのことを考えます。
 鍋を食べているときなんて、ついついきみに呼びかけてしまったことがあって、とても気まずかったものです。運の悪いことに、叔母さんとでしたから、余計に。きみのことが恨めしかったです。
 ううん、ずうっと──それこそ、きみが死を選んでしまったときから、きみのことを恨めしいと思っています。わたしは。
 Kくん。
 けいすけくん。
 いつだったか突然、きみはわたしに「死ぬなよ」などと言ったことがありましたね。なんとなく、あのときは聞けなかったけれど、いまとなっては後悔しています。どうしてそんなことを言ったんですか?もしかして、きみこそあのとき、死ぬつもりだったんじゃないでしょうか。そう思うと、きみがこの世からいなくなってから、きみについての思い出話をたくさんしている叔母さんにもこのことだけは話せずにいます。
 どうですか?
 別にわたしはずっと、死ぬ気など無いのですから、そんなことを言われる覚えなどないのです。だから余計、突然、ほんとうに突然きみがそんなことを言い出したのは、わたしではなく──《消し跡》
 わたしは。きみにこそ。
 きみこそ、死なないでほしかった。
 あなたは愛されているのだから、ほんとうに、愛されているのだから。
 《──よほど強く書いていたのか、日に透かさずとも見えるほど浮き出ている消し跡──》
 あなたは愛の上手なひとでしたね。その点、わたしはそれがとても下手であったものですから、あなたに迷惑をかけてしまっていたと思います。ごめんなさい《消し跡》《消し跡》
 いなくならないでほしかった


Kくん
A子につきあってくれていてありがとう《「う」の二角目の払いが長い》
きみがはじ(初/始)めて「A子」と呼んでくれたあのとき、わたしはなんとなく、胸がすっとして 息がしやすくなったような 気がしたのを覚えてます
《消し跡》 の うた(歌/唄/詩のどれでも。すべて)を笑わずにいてくれてありがとう。(漢字は迷ったのでぜんぶ書きました。やっぱり優柔不断って笑う?)
もし きみが  《消し跡》
きらいになりませんでした
きらいにならずにすみました
ありがとう
いくら下手でも うたが好きだよ
言葉が好き
言葉といえば、《消し跡》があつくなると、めんどくさそうにしていたKくんをいまでもおぼえています 言葉はずっと面白くて、大切で、魔法(まほう)のようなものだから、Kくんにもわかってほしくて、ついあつくなっていました
場地圭介
場地圭介
場地圭介
場地ってなんかバランス難しいよね 桐も木同みたいになることがあって《消し跡》《消し跡》 奈桐って名前にはまだなれません

Kくん。きみがいなくなってから、いなくなっても、でも、世界は変わりませんでした。世界は変わりました。
場地詠子はもういません。
いまの《消し跡》 奈桐(なきり)詠子になりました。きみがいなくなったあと、とうとう母が再婚したのです。正確には、わたしの高校にあがるタイミングにあわせてのものなので、《消し跡》《消し跡》 なんだろう?《走り書きのような筆跡》

 Kくん/場地圭介がいない世界には、A子/場地詠子はいないのだなと、奇妙な納得感があったのを覚えています。
きみはそんなことは考えていないのだろうけど K/Aで対称に《消し跡》な言《消し跡》
King Alice とか?

なんだかとても支離滅裂(しりめつれつ)になってしまいましたが、別の日に付け足したりしたからなのであんまり気にしないでください
ひとの殴り方でも教えてもらえばよかった《殴り書き》

Kくんがいないのだから、A子ももういないんだと思います

奈桐
■■詠子《乱雑に塗り潰されている》



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