こんなにからっぽなのにどうして燃えるの

 なんとなく真新しい印象を受ける門構えと屋敷とを眺めながら、火群はいったい此処へ最後に帰ってきたのはいつだったかというようなことをぼんやり思いついた。
 目の前の甥に気付かれないようにしてひそかに指折り数えてみたが、よくわからない。己の体質とでもいうのか、昔から神隠しに遭うことが多いせいで火群の時間感覚はかなり曖昧になっている。なにしろ自分の歳でさえいまいち確信が持てない。

「そういえば、ええと、お母上は……」
「母は、数年前に既に」
「──ああ。そうか、やはりいらっしゃらないんですね、あの方は」

 それから火群がお悔やみの言葉を告げるのに、どこを見ているのかわからないと度々称されるらしいその双眸はぱちりと瞬きをして、すこしばかりの驚きの感情を表した。
 いまばかりは疑いなく、火群を見ている。

「……思ったより冷静なのだな、君は」

 俺の母と縁があるという話だから、もう少し取り乱すかと思っていた、と杏寿郎は不躾を承知でそんなことを言った。杏寿郎の側としてはこの時点では未だ火群が自分の叔母であるとは知らないので、不躾と言うには実のところ無理もない言い分だった。

「いやあ、君がここまで大きい時間軸・・・に彼女が生きていらしたことは無いし……なんとも言えないというか」

 諦めもつくというものだ、と火群は独り言つようにして嘯いたが、その言葉はもちろん嘘であったから、作り上げた笑みには仄かに苦さが混じった。なにしろ火群はどれだけ世界が違ってもどんな姉をも愛していて、諦めがつくなんて、まったくそんなことは無い。
 ただ、やはり逆らえない流れというものはあって、火群の姉の死などはその最たるものだった。パラレルワールドとも言うべき様々な世界を渡り歩く火群でさえ、最後に生きた最愛たる姉に会ってから随分久しい。いままでそんなことを考えたことは無かったが、ひょっとしたら、もう二度と会えないのかもしれなかった。

 いま考えたとてどうしようもないのだからといったん姉についての思案をすっかり仕舞い込んでしまった火群に、そんなことは露知らない杏寿郎は生真面目にどう返せばいいのかと悩んだようで押し黙ってしまった。

「では、お父上はどうしていらっしゃいます。あの人は随分、お母上のことを愛していらしたでしょう?」

 ふたりの間を天使が片手の数ほども通らないうちにそんな空気を気まずく思った火群は口を開いて、それから自分の言ったことにハッとした。
 煉獄槇寿郎。
 火群の姉、瑠璃と結婚し、目の前の甥の父である男。煉獄家が戦国時代以前より続く由緒正しい一族というのもあって姉と彼の結婚は政略結婚という色をいくらか含んでいたが、かなりのシスコンである火群の目から見てもふたりは仲睦まじかった。火群でさえ回数を経て受け入れたようなものであるのに、それほど心を傾けた伴侶を喪った槇寿郎の傷心ぶりは察して余りある。

「父は……」

 何を言わんとしたのか、杏寿郎はそのままぐっと押し黙ってしまった。きゅっと引き絞るように持ち上げられた口端が下手な笑顔を作り上げていた。

「息子にそんな顔をさせるなんて、いったい彼奴・・は何を……」
「!」
「……いえ、言わなくてもいいです。どうであれ、私のやることは決まっているわ」

 いくつか前の世界で、火群は彼の継子であったことがあることもあって、ただの義兄と義妹という関係にしては少しばかり槇寿郎と親しかった。とはいっても姉を最愛と称して憚らない火群であるから、義兄とはあくまで喧嘩するほど仲がいいというような意味合いでの親しさであって、継子というのもその延長線というようなところがあった。
 だが、今や續木火群は柱であった。それも煉獄杏寿郎の後釜として、炎柱の席に座している。先々代の炎柱の継子であったのだから、順当と言えば順当だ。けれども柱という立場は、さきに述べたようにじゃれ合いの延長線でなれるようなものではない。火群が義兄の継子になったのはそれ相応の理由があったからで、そうして強くなるために傷つくことを惜しまなかったから、繋ぎとはいえ柱を名乗ることが出来ている。
 續木火群は姉を愛していて、ひいては姉の血を引く甥たちをも愛している。
 だからそれは分かりきっていた帰結であって。

「往生しろや──こンのダボが!!!」

 立派な門構えが開かれた途端に猛然と煉獄邸の中へ駆け込んで一直線に最短距離で目的地へと向かった火群が、縁側に面した部屋で酒を呑んだくれていた槇寿郎に罵倒とともに襲いかかったのも、当然のことであった。
 なぜなら火群は最愛の姉のために継子になり、強くなり、柱にさえなったのだから。
 いくら槇寿郎が火群と同じように最愛の妻を亡くし傷心であっても、その血を引く甥に暴言を吐きあまつさえ暴力を振るうことがあると聞いて、火群が黙っていられるはずがないのだ。

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