間違いだった何もかも並べてやわらかく繋いで




 善逸は女好きだ。女とくれば目がないし、でれでれもしてすぐに「結婚して!」と出会って間もない人間に乞う。そのくせ、どこまでも純朴で憎めないのが逆に憎い。
「ね〜ずこちゃぁ〜ん!!!」
 わたしと善逸は、炭治郎や伊之助よりも先に出会ったので、善逸の女好きの変移を二人よりかは知っている。ほんとうだ。善逸は、禰豆子ちゃんに出会ってからあまり他の女の人にでれでれしなくなった。きっとほんものの恋…を、したんだろうなあ、と思うし、なんだか、よかったね、という気持ちになる。傲慢にも。いったい誰目線だ、とは思うけれども、思ってしまうのだから仕方ない。

 今夜も善逸は、やっと日が沈んで箱から出てきた禰豆子ちゃんに目を蕩けさせて花を捧げている。あれはたぶん、今日の任務の途中にあった花畑のやつだろうなあ。綺麗な桃色をした小振りの花。まるで禰豆子ちゃんの目の色のようだ、とそこまで考えて、ひとりで笑う。わたしが考えずとも、善逸がそのつもりで摘んできたことは明白だった。炭治郎は二人を見てにこにこと笑っているし、伊之助はぐるぐる部屋の中を走り回っている。ここがいくら藤の家だからって、普通に迷惑だろうからやめてほしい。夜中に余程でない限り、大声を出すべきではないと思う。それでもわたしが伊之助を説き伏せられるとは到底思えないので、いつもじりじりとした思いでただ見つめているだけだ。伊之助は藤の家であると暴れていても時折いつも舌打ちをするような素振りを見せるが、きっとわたしの、苛立ちの混ざった質量のある視線が煩わしいのだろう。
 閑話休題。言いたかったのは、もう今日の彼らは店仕舞いだ、ということだった。その通り、宛てられた部屋には既に人数分の布団が並べられている。わたしの分の布団は無いのだが、それに皆が気付く様子はない。おそらく禰豆子ちゃんの布団が無いだけだ、とでも思っているんだろうな。それがわたしの分と知らずに、無邪気に考えて。
たとえばわたしは炭治郎や善逸、伊之助のような特別な人間ではない。それに加えて女というだけであらゆるすべてにおいて劣るし、嘗められることもある。だから努力しなければならない。彼らの二倍も、数倍も。
 鍛錬をする。そのために家の人に無理を言って、布団を敷いてもらわなかった。そもそもこの年頃の男女が仲良く床を同じくするのが可笑しいと思ったのもある。良くも悪くも彼らは無邪気すぎるので、なかなか気にしていないというか、気付いていないようだけど。そりゃあ、指摘すれば彼らも案外普通の思春期男子なのでたぶん気にすると思うけれど、それを当人である自分から話すのは恥ずかしいというか、気まずいというか……そういうことなので。そんなに彼らと行動を共にするという訳でもなく偶にであるということもあって、かれこれ幾度目か、ズルズルと先延ばしにしている。要は意気地無しなのだ、わたしは。

「ちょっと出てくるね」

そう声をかけて、返事を待たずに廊下へ出る。ぎしぎしと鳴る木の音をなんだか心地よく感じながら、暗いな、と思う。分かりきっていたことだけど、これくらいの時間になると街灯なんてない家の中はそれなりに暗い。だからこそ、夜の戦闘が主なわたしたちにとって格好の鍛錬時間なわけだけれど、それでも暗いものは暗い。灯りを持ってくればよかったなあ、とぼんやり考えたのを、慌ててかき消す。あっちの方が人数が多いわけだし、わたし一人で持っていって独占しては困るだろう。何より先ほども言ったが、鬼殺隊である以上多少の夜目はきくので。特段問題があるわけでもないし。

「そうだよ、」

考えていただけのつもりだったのに、いつの間にやら声に出ていたらしい。ちょうど家の敷居を跨いだところだったので、その声は思いのほか静かにぽつんと転がって落ちた。なぜだかすこし寂しい気持ちになって、すこし目を伏せる。それから初めてこの家の門を潜ったときのことを唐突に思い出して、ぱちりと音が聞こえるほど勢いよく目を見開いた。ぐるりと見渡す。立派な庭だ。歩くとブーツの底と玉砂利が擦れてザクザクと音をさせるのが気持ちいい。ここだ、と思ったところで足を止め、腰に帯びた日輪刀を抜き放つ。抜いておいてなんだが、やっぱり鞘のままの方がいい気がする。シンプルに危ない。

(でも、鞘がすっぽ抜ける可能性もあるし……)

ぐずぐずと悩みながら、一度振る。白刃が閃いて、夜の僅かな光が集まって反射する。危ない。いつもならしみじみと美しいこの刀を眺めるものだが、鍛錬でこれは危ない。

(あのとき、素直に木刀借りたらよかったな)

今からでも借りれるだろうか、と納刀しながら振り返ろうとしたところで、声がする。

「名前?」

そのまま振り返ると、縁側のほうに善逸が立っていた。そうか、と思う。なんとなく玄関から庭へまわったけど、縁側から降りればよかったのか。相変わらず気付くのが遅いなあ、わたしは。「判断が遅い!」と怒る師範の顔と声が思い出されて、すこし笑う。

「なにやってんのさ、寝ないの?」

炭治郎も伊之助も、禰豆子ちゃんも皆もう布団に入ってるぞ、と一人で笑うわたしを善逸が訝しげに見る。小首を傾げるその姿に、つくづく童顔だよなあ、と思う。同い年だというのにどこか可愛らしい。

「鍛錬しようと思って」

短く答えて、今度こそ鞘のまま素振りをする。二度、三度と振って、思わず「あッ」と声が出る。とうとう鞘がすっぽ抜けてしまった。あちゃあ、と何の気なしに髪を掻き乱すと「ほらあ!」なんて、なんの説明にもなっていない言葉で善逸が宥めてくる。いつの間に縁側から降りていたんだろう。誰のものかわからない草履を引っ掛けて、「どこ飛んでったんだよ、まったく」なんてぼやきながらあちこちをペタペタ歩いている。

「何が『ほら』なの?」





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