興味


 その、数日後の話だ。

「本日より五番隊第四席を務めさせていただきます。月下綾です。よろしく」

 執務室に響く声。それは紛れもなく、あの晩に藍染と一緒に居た、あの女のものだった。気怠そうに頭を下げた彼女に、席官の面々が手を叩いて歓迎すると、彼女は慣れないというように苦笑して、ひっそり自席についた。もともと五番隊が穏健な雰囲気の隊だったこともあるだろうが、彼女は何の違和感もなく、すぐその中へ溶け込む。定例通りの時刻に各々が隊務をこなし始め、半刻ほどが経った頃には、新入りへむけられる好奇の視線も、すっかり薄まっていた。

 ついこの間に市丸ギンが三席に就任したばかりだというのに、また新たに四席が入れ替わる。そんなよくよく考えれば不自然な出来事も、幸か不幸か不審がる者は、ギンを除いていなかったようだ。前の四席は、あの夜の翌日、綾が四席に就任した今日の三日前、藍染が殺してしまった。

 ギンが自分を見つめていることに気付き、藍染はほんの少しだけ微笑む。頭の良い彼のことだ。四席を殺したのが藍染であることも、きっと感じ取っているのだろう。だからやはり、十二番隊に書類を届けに行くという名目で藍染がその銀髪の三席を連れて執務室を出たとき、少年はすぐさま尋ねた。あの女は誰なのか、と。

「彼女は、こちら側の人間だ」
「……でも、あの人、前に四番隊におった人ですやろ。卯ノ花隊長に書類届けに行ったとき、会いましたで」
「そうだよ。僕の仲間にならないかと、誘ったんだ。……ああ、一度は断られてしまったんだけど」

 周りに人がいないことを確認しながら、努めて怪しまれない程度に小さな声で喋る彼の言葉に、今度こそギンは思い切り首を傾げた。断られた、と確かめるように繰り返す少年に、彼はああ、と笑う。思い返せばつい先刻のことのように、それは鮮明に浮かび上がってくる。嘆息してしまうほどの望月。病人のように青白く照らされる肌。ゆるりと不気味な弧を描く口。


ーーだって私、死にたいんだもの

 あの晩、友達同士で小さな秘密をこっそり打ち明けるかのようにそう呟いた彼女に、藍染は少なからず面喰った。死神の中には、確かに死を恐れる者は多くない。しかし、彼女はそれとは全く違っていた。彼女は死を恐れるでなく、むしろ死を強く望んでいたのだ。顔の広い藍染が知る中でさえ、今までそのような言葉を吐く者はいなかったのに。

 どうして、と藍染は訊ねた。綾はかくりと首を傾け、しばらく考えるように黙りこくった後、ぽつりぽつりと喋り始めた。自分が口にしている言葉を、この上なく丁寧に、完璧に、推敲しながら。

 分からない。でも私はこの世界では明らかな異端者だし、だからかどうかは知らないけど、生きていくのにいちいち疲れるのだ、と。私のような、使い方を誤らなければほとんど無敵に近い能力を持っている者でさえ生きていくのが苦痛なこの世界が嫌いだ、と。


「それで、どないしたんですか」
「教えてあげたよ。霊力のある者は皆、死んでも転生はせずにこの世界を構成する霊子の一部になるのだと」

 そう。死神は皆、死んだ後はこの世界の一部となる。
 それはもしかしたら、隊舎を形作る壁の一部かもしれない。路傍に咲く花かもしれない。流魂街の住人の侘しい着物の帯かもしれない。


 だから、君が死んだら君は大嫌いな世界を構成する羽目になるのだと、藍染はそう教えてやったのだ。それをどうやら初めて知ったらしい綾の表情の、なんと可愛らしかったこと。眉根を寄せて恥ずかしげに苦笑して、そうだったの、と呟いた。人の心を読む彼女にも知らないことはあるのだと、藍染はぼんやり思った。


――それは、うん、……嫌だね
――ならば、僕とともに来ればいい

 彼女をこちら側に引き入れたことに、利用するという明確な目的はなかった。強いて言うなら、そのとき藍染の心にあったのは単純な、好奇心ともいうべき興味、だけだったと思う。その好奇心がこれから彼らに何を及ぼすのかは、当然彼にも彼女にも、知る術はなかったのだけれど。


――僕が創造しよう、きっと君が愛せる世界を


 いつの間にやら話し込んでいた。綾が藍染の手を取った頃には、既に空は白み、夜が明けようとしていた。





「何や、けったいな人やなぁ」

 やがて目的地の十二番隊隊舎が見えてきた。藍染がギンに事情を説明するには十分すぎる時間だった。後で要にも話さなければと、書類を抱えながら考える彼を他所に、少年は楽しそうにくすりくすりと笑っていた。

 外から時折入ってくる風は、ひんやりと冷たい。気を抜けばするりと手の間から零れ落ちそうな書類の束を、並んで運ぶ二人は傍から見ればただの真面目に仕事をしている席官にしか見えなかったろう。たとえその話の内容がどんな物騒な内容であれ、後に尸魂界を裏切る謀反人同士の会話であれ、それを気に留める者など、そのとき藍染の周りには、一人もいやしなかったのだ。

(141005 加筆修正)

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