断罪


 光と闇、朝と夜、甘味と辛味、快楽と苦痛。例えばそのような者たちがこの世に同時に存在出来ないように、互いが互いを滅ぼし合うことでしか合い見えないことというのが、どうやら世界には存在するらしい。朝が来れば夜は消える。苦痛が無ければ快楽がやってくる。それなのに、どうして共存しようとすると途端に殺し合ってしまうのだろう。

 きっと、怖いんだ。

 もしもそれらに意思があるなら、相手がいる限り自分は永遠に世界を失ったまま、取り残されたまま、外からそれを眺めるばかりしか出来ないから。

 でもその世界を仕切る柵を作っている人なんて誰もいなくて、そもそもそこにはもしかしたら柵すらも無くて、―――そのものの世界を決めるのはそのもの自身しかいないのに、どうして他人の存在でその世界の消失さえ脅威に感じなければならないのか。分からない。どうしたって分からない。ただ一つ分かるのは、私たちがみなそれにも気付かない無知共であるということ。

 仕方ないじゃないか。私たちは皆生きていて、どうしたって理屈より感情を優先しないわけにはいかない。私たちは人間だから。












 五番隊舎の屋根と庭とに結界を張り、綾はその屋根の上で、綺麗に欠けた三日月を仰いでいた。藍染が自室に彼女を閉じ込めるために張った方の結界は、遠くから響いてきた何かの叫び声に飛び起きた彼女が難なく破ってしまった。勿論その声というのは虚化していった隊長格たちのもので、綾もそれに気付いたからこそこうしたのだ。今から駆けつけても無駄なことは分かっていた。そもそも、自分には藍染を止める力も資格もないのだから。

 綾は空を仰ぐ。泣きたくなるくらい、美しい月だった。


「綾」


 強力な結界のおかげで、彼女らの姿は誰にも見えない。下方から響いたあの声に、彼女はぎゅっと唇を結んで立ち上がり、庭を見下げた。庭に佇む男と、屋根の上からそれを見つめる女。その光景は、まるで、丁度あの十五夜に初めて出逢った綾と藍染のようだ。

 ただ一つ、違うのは。


「綺麗な三日月だね。惣右介」


 自分の名を彼がもう一度呼んでくれたのが嬉しくて嬉しくて、もう今にも泣いてしまいそうな気がするけれど、彼女は我慢して、音も無くにこりと笑うのだ。庭の藍染が頷く。そうだね、本当に。優しい声で呟いているのが聞こえる。





 ねえ惣右介。あなたはきっとその腰に提げている鏡花水月で、彼らを殺してきたんでしょう? 彼らの悲鳴が聞こえたのは、私だけだったみたいだけれど、平子隊長は死んでしまったんでしょう?

 そして今、何よりあなたが心を痛めているのは、その行動が私を苦しめているのだとあなたが思い込んでいるから。でもね惣右介、それは間違いなんだよ。平子隊長が死ぬことが少し寂しく悲しい気持ちはある。確かにこの心の奥に、ほんのちょっぴりだけある。だけど、私が今一番辛いのは、そんなふらふら揺れ動いている曖昧な私に、あなたが心を痛めているという事実。いつの間にか私たちの心は荊か何かで繋がっていたらしい。

 そんなことなど二人とも微塵も望んでいないのに、私たちは互いに互いを苦しめあっている。






「すまなかった、綾」


 嗚呼、そんな顔をして謝らないでよ、お願いだから。

 三日月を背にして屋根から庭へ飛び降りる。藍染の腕からは、先程にはつけていたはずの副官章が消えていた。

 本当に、本当にあの人は、消えなければならなかったのだろうか。綾は思う。彼女の世界に、藍染とともにある世界に、彼がともに存在することは出来なかったのだろうか。そんなことはないはずだ。彼を殺さずとも、藍染を苦しめずとも、このままあたたかな時間を過ごしていく方法はいくらでもあったはずだ。それでも臆病な自分はそれを探さず、目すら開かず藍染の後ろに隠れてひっそりぬくぬく護ってもらっていた。一体自分は何様だ。藍染を傷付け、平子を死なせ、挙句の果てにそんな傷付いたたいせつな人を謝らせている。


「惣右介、―――」


 一番罪深い役者が自分だというなら、こんな悲劇も、もうこれで終わりにしよう。


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