謝罪


 喧しく鳴り響く警報に、執務室で残業に当たっていた綾は、微睡の中から飛び起きた。緊急の隊主会? 何だ、何があった。隣に居た七席の制止を振り切って、執務室を駆け出る。どうしても嫌な予感しかしない。奇異の目を向けてくる隊士たちの目を一つ一つ確認しながら、詳しい事情を知る者がいないか探ってみるが、残念ながらこんな緊急の事態について、隊長格でもない死神に詳細が伝えられているはずもなかった。

 全力で走る。時折瞬歩さえも使用しながら、一番隊舎に続く廊下まで辿り着いたところで、最早見慣れた金色が見えた。


「平子隊長!」


 呼べば、長い髪を揺らがせて、男が振り向く。綾、とその口が紡いだのを、形だけで理解する。

 彼の前まで近付いて、乱れた息を何とか整えようと、膝に手をついて俯く。彼は何も言わずに綾を見下ろしていた。その沈黙が何なのか、彼女には分からない。何故ここに来たのかも、どうしてこんな酷い焦燥に駆られてしまったのかも、平子に何を告げればいいのかも、分からなかった。


「九番隊隊長と副隊長の霊圧が消えた」


 息を呑んだ。ああ、惣右介、ついに始めてしまうのねと、思わずこみ上げた涙を綾は全力で抑える。違う、きっともう始まっていたのだ。総てはあの月下の庭から、あの満月の夜から、引き返す道を自らで塞ぎながら、破滅へ続く道を私たちは歩んできてしまった。


「これから、現地に行ってくる」


 いけません、隊長。

 叫びたい言葉は喉に詰まって、声にならない。どうしてですか。私の秘密を見抜いておきながら、なぜ自分がのこのこと殺されに出向こうとしているのだと気付かないのですか。

 私はあなたを殺したかったわけじゃないんです。もしかしたら、私はあなたを個人的に気に入っていたのかもしれません。それなのに、何故ですか。なぜ言われなければ気付けないんですか。

 私の大切なひとが、あなたを殺そうとしているのに。


「お前、何か知っとんのやろ。今回のこと。ほんで、一番どないしたええか迷っとんのも、お前なんやろ」


 綾は、自分で自分がわからないでいた。藍染を主とし創った彼女の世界に、今や別の人間たちが大きく位座っていることに、彼女はやっと気付いたのだった。


「お前がこの中に隠してるモンが、絶対誰にも見せられないモンなら、それを無理して引っ張り出すなんて俺はせぇへん」


 平子が綾の胸に触れる。諌めるための言葉すらも、音にならずに喉の奥で消えていく。何をとめたいのか、何を咎めたいのか、それは彼女には分からなかったけど。平子は尚も真剣な顔のまま、告げる。


「しゃあから、もしいつか、お前がそれを隠さんでも生きていける日が来たら、そんときでええ。そんときでええから、さっさと誰かに秘密なんかバラして、お前はお前のままで生きてき」


 風が吹く。平子の隊長羽織の裾が、ふわりふわりと宙を泳ぐ。音も無く白い頬を滑り落ちた一筋が、月から落ちてくる光を反射して、煌めいていた。


 私の世界は、出来上がっていた。その筈だった。惣右介が私を救ってくれたから、惣右介が私を護ってくれたから。もう他には何もいらない。この能力とも上手く付き合っていける。私を理解してくれる人なんて、惣右介以外にいるはずがない。

 いるはずがない。



「泣きなや」


 綾は泣いた。声も出なかった。嗚咽も無かった。ただ無機質な滴がするすると何にも引っかからずに流れて行く。


「ごめん、なさい」


 ごめんなさい。ごめんなさい。私はあなたを騙しているんです。あなたが惣右介を疑っていることも、惣右介があなたを狙っていることも、全部全部分かってるんです。でも嘘をついてるんです、知らないふりをしているんです。

 私はもう惣右介に救われてしまったんです。彼に尽くすと決めてしまったんです。無力な私には、あなたを助けることも、真実を話すことも出来ません。


「大丈夫やで、綾」


 どうしてあなたを救えないのだろう。救われるばかりで、私はなにひとつ救えない。あのとき惣右介を選ばなかったら、私は今、隊長を救えたのだろうか?

 ごめんなさい。謝るしかできない私を、どうか赦して下さい。



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