警鐘


 次の実験台が誰なのかも、もう全部分かっていた。これから何が起こるのかも、全部知っていた。彼女は全てを知り、それでも尚藍染惣右介についていくことを選んでいた。

 彼が彼女のために創った世界など捨てて、新たに彼女を理解してくれる誰かを探す方法もあったろうに、しかし彼女はそれが出来なかった。誰かに深く理解される悦びを知ってしまった今となっては、またそんな誰かが表れるまで待つことなど最早耐えられなかったのだ。

 もう戻れないことなど、痛いほどに分かっている。誰を責めても無駄なことも分かっている。藍染を選んだのは、綾自身だったから。

 藍染は平子を殺すだろう。他にも多くの隊長格を殺すだろう。そうしてもっとたくさんの人が傷つき苦しみ、嘆くのだろう。そしてその渦の中には確実に自分も居て、多くの人から恨まれるだろう。それでも綾はもう躊躇わない。歩んできた道も振り向かない。振り向けないのだ。






「ああ、平子サンとこの! 四席さんなんですねぇ、初めまして。浦原喜助と申します」


 場所を移動して食堂。ギンとともに赴いて唐揚げを頬張っていた綾に、声をかけた男が居た。色素の薄いふわふわの金髪に細い身体。隊長羽織が無ければどこから見てもただの平隊員、どころか死神らしくも見えない。突然の隊長の登場に目を白黒させながらも、彼女はすぐに挨拶を返した。ギンもそれに倣う。


「あのぅ、ご一緒させてもらっていいっすかねぇ。席、ここしか空いてないみたいで」

「勿論です。……ああ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。五番隊四席の月下綾と申します」

「三席の市丸ギンや!」

「こら、ギン。他隊の隊長さんにタメ口きくのやめなさい」

「いいんですいいんです、そんなに畏まらないで下さい! にしてもその唐揚げ、美味しそうですねえ」


 そう笑って、綾の皿に転がっている唐揚げをじっと見つめる。浦原が選んだらしい食事は焼き魚が主菜の定番な定食だ。食べます? と彼女が遠慮がちに問えば、浦原は、いいんですか、と目を輝かせた。

 残っていた二つのうち一つを彼の皿の上に移してやり、綾は付け合わせの野菜たちを口に運ぶ。ギンがトマトを残しているのを横目に確認しながら、向かいの席に座った浦原が子供のように無邪気に、いただきます、と手をあわせるのを聞いた。


「平子サンって、五番隊だとどんな感じなんですか?」

「とてもお優しい方ですよ。まあ元気でサボリ魔で偶に煩かったり悪戯が過ぎたり……、あとは……」


 怖いほどに鋭かったり。


「そうッスよねえ……、あの人、ほんといい人っすよねえ……」


 平子が彼を激励した話を綾は思い出す。上に立つ者は下にいる者の顔色を伺ってはいけない。自分がやりたいようにやればいい。


「実は僕、彼に大分助けられまして。後でお礼、伝えておいてもらっていいスかねえ?」

「承りました」

「ありがとうございます」


 綾たちにも敬語を崩さないまま、浦原は喋り続ける。存外世間話は盛り上がり、綾もギンも浦原の独特の雰囲気のおかげで、随分と心穏やかに食事をとることが出来た。


 それは、結局綾にとって最後となった、穏やかであたたかな時間だった。











『緊急招集、緊急招集! 各隊隊長は即時一番隊隊舎にお集まり下さい。繰り返します。緊急招集、緊急招集―――……』




 そして、同夜。

 終焉の鐘が鳴り響くまで、あと、少し。




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