白日


 唇が急速に乾いていく。そんな気がした。


「変死事件、ですか?」


 綾は首を傾げてみせた。なるべく自然に見えるように。さも、ここで初めて聞きましたというように。何十年も繰り返してきたただの作業なのに、ここまで緊張するのも久々だった。嘘を吐くことなど綾にとっては最早何の意味も無く、生きていく上で、他人よりも殊更当たり前のことだった。

 平子はそんな彼女を疑うでもなく、せや、と頷いて、かくりと首を左右に傾けた。その様子はまるで、びっくり箱から出て来たバネ付きの顔のようだった。


「流魂街でな、変死体が相次いでんねや。惣右介とかから聞いてへん?」

「いえ、まだ。変死体、といいますと?」

「死体は当然残ってへんけどな、服だけ全部残ってんねん。おかしいやろ? 死んだら服も全部消えるんが普通や」


 丁寧に説明していく平子に、綾は神妙な面持ちで相槌を打つ。知っていますと言えばこんな面倒なことにはならなかったかもしれないが、ただそれで調子にのって、まだ一般隊士には伝えられていない情報まで喋ってしまっては元も子もない。だから仕方なく、彼女は無知のふりをするしかなかったのだ。


「ほんで、拳西んとこの九番隊が調査に向かっててん。そか、知らんかってんなあ」

「……へえ、九番隊ですか」


 九番隊といえば、東仙要がいる隊である。これはまた一悶着ありそうだなどと他人事のように考えた綾に、平子は続ける。からりと乾いた笑声が、二人が歩いている縁側に響く。


「お前、なんやまためんどそうな顔しとんなあ」

「え?」


 綾が目を見開く。他人の感情が読める彼女にとって、それは滅多にないことだった。この時この場においては、むしろ平子が彼女の心を読んだかのように、ぴたりとそう言い当てたのだ。

 自分の隣を歩く、この男が。



「めんどいか? 生きてくん」



 このときだけは、心臓が耳の真後ろにあったのではないか。どくりどくりと身体中に運ばれる酸素の音が、嫌に鮮明に鼓膜を揺らす。平常だった脈が、異常な主張を繰り返す。

 ばれたのか? 何がばれた? 自殺志願者だったことか。それとも藍染と組んでいることか。人の心が読めることか。変死事件の犯人の仲間であることか。反逆を企んでいることか。

 一体自分の中の、何が暴かれた?


 それきり口を閉ざしてしまった平子にも、綾は返す言葉を探して、喋れないでいた。口を開けば、叫んでしまいそうな気さえした。どうして知っているの。私が必死で隠しているこれを、どうしてそんなにも容易く見つけてしまうの。

 震える足を叱咤して、平子の後に続く。やがて九番隊の隊舎が見えてくる。その頃には、すっかり空も朱く染まっていて、その中に一滴二滴垂らした墨のように、烏がぽつぽつ飛んでいた。


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