「ギン、いる?」

「ん、おるよ」


 暗い無機質な牢屋が立ち並ぶ中、私とギンはお隣さんだ。隔てる壁は一面曇天のような灰色で塗り固められていて、彼の顔など見えはしない。霊圧を感じることくらいは出来るけれど、声を聞けば、より不安は取り除かれるのだ。

 藍染と尸魂界の戦いが終結して、二週間と三日。
 色を取り戻した私の世界は、まだそれしか歳を取っていない。


「はあ、ご飯、もっと食べたい……。わらび餅がいいなあ」

「ボクなら干し柿一択や」

「揺るぎないなあ、ギンは」


 藍染惣右介に加担した罪人として、私とギンはあれからずっと牢に入れられている。

 あのとき、裏切った後藍染に斬られて瀕死の大怪我を負ったギンは、乱菊の必死の呼びかけと卯ノ花隊長の処置により何とか一命を取り留めた。ほとんど軽傷で済んだ私が捕まって拘束された四日後、そうして包帯だらけの彼は隣の牢屋に引っ越してきた。本当に申し訳ないが、あのときは凄く嬉しかった。ギンが生きていたことにも、ギンが私の隣に来てくれたことにも。

 霊力を封じぬままに私たち二人を隣に居させ、会話まで赦してくれるだなんて、寛大である。食事を運んでくる隊士に聞けば、真子が頑張ってくれているよう。

 もう一人一緒にいた要は、殺されてしまった。誰に、とは、言えない。真実は時に、過去に残すには凄惨すぎるのだ。


「ねえ、ギン」

「うん?」

「私たち、処刑されると思う?」

「考えたくはないなあ」


 けたけたと狐が笑う。ギンの減刑は意地でも乱菊が取り付けるのだろうなあと思う。そんなに自分を思ってくれる子がいるなんて、この上なく幸せなことだ。きっと。

 ギンの目的は私と似ていたように思う。彼は、大切な乱菊から大切なものを奪った藍染が憎かった。私も同じだ、私の大切なひとを奪った彼が憎かった。だからこそ、私たちは互いに秘密を共有しあい、あの日まで自分の心を殺しながら、決死の覚悟で生き延びてきたのだ。

 残念ながら、私にもギンにも他の誰にも、崩玉と融合した彼を殺すことは出来なかったけれど。

 でも、


「なんや、随分と後ろ向きやんけ」


 私の世界に、彼が帰ってきただけで、


「お前は、そないな弱気な発言するような女ちゃうやろ」


 私の中にあった黒い部分は、全部が戻ってきた色彩に浄化されてしまったみたい。


「真子」

「元五番隊第六席みょうじなまえ、元三番隊隊長市丸ギン。処罰を言い渡す」


 私の世界を根本から支えていたのはあなただったんだと、百年ぶりのあなたを見た瞬間に確信した。

 私の世界の中心には、いつだってあなたがいたんだ。


「尸魂界への反逆罪、四十六室の殺害、他数件の重罪を問い、本日より二週間の拘置の上、市丸は五番隊第三席、みょうじは五番隊第八席への降格処分とする。」


 語尾をいくら変えてもどこかに残ってしまう西言葉の名残は、罰を言い渡す雰囲気には全然似合っていなくて、なんだか、笑いたくなる。事実、ギンがくつりくつりと笑っていた。


「……真子」

「なんや」

「ごめん、もう、なんか」


 だめだ。
 最後に告げた言葉は震えて、途端に堰き止めていたものが急激に込み上がってきて、私はそのまま、思い切り泣いた。

 この色づいた世界で、これからもあなたと生きていける。

 それだけで、どんな罰にも耐えられる。

 なぜなら私の世界にはあなたが必要で、あなたがいなければ、最早私の世界は空虚に仕組まれた台本通りの舞台と変わらないからだ。そこには感情も何もない。そこにはただ意思なく動き回る人形があるだけ。


「あと、二週間も待たなあかんのやで、なまえに触れんの。こんな近くにおんのに、生殺しや」

「隊長さんボクがおること忘れとるやろ」

「狐は黙っとき。拘置が解けたら目一杯こき使うたるから」


 百年の間にたくさんのことが変わった。

 真子は髪をばっさり切った。
 ギンは随分と背が伸びた。
 乱菊はすっかり大人の女性になった。


「真子」


 百年続いた私のモノクロの世界は、真子が全部彩ってくれた。
 そして、これからも。


「おかえり」


 あまりにも長すぎた時間でも、あなたとならきっと埋めていける。


「……ただいま、なまえ」


 これからはふたりで歩いていこう。

 互いに離れることのないように。空を仰いでも、涙に俯いてしまうときでも、けして離れることのないように。

 あなたが私の手を取ってくれたなら、私はあなたの背中をもう二度と見失うこともないだろうから。

この世界を彩るのは、






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