世界が急速に色を取り戻していく。そんな気がした。

 刀を握る手がかたかたと震えた。喉のすぐそこまで一気に駆け上がってきた嗚咽を気取られないように必死の思いで呑み込んで留め、突然色付き、同時に少しずつ滲んでいく視界に映る彼を、見ていた。



「久しぶりやの、なまえ」



 独特の訛り言葉も、特徴的な形状の斬魄刀も、全部、全部彼だった。短くなった金髪だけがあれから経った百年の月日を連想させたけれど、私はきっとその間死んでいたんだろうと思えるほど、今この瞬間は劇的だった。私は今、この喜劇的な世界を生きている。彼とともに在る空間に生きている。

 不安定な瓦礫の上を転ばぬように慎重に、その長い脚を前へ進める。力を失った私の手から、斬魄刀がするりと滑り落ちた。



「何やの、その服。全然似合うてへんで」



 うるさい、ばか真子。
 あんた、百年間私がどんな思いで藍染の傍にいたか、知らないからそんなことが言えるのよ。



「ああ、そんな恰好させてんのも俺やったか。すまんの」



 とうとう溢れ出した涙に最早抵抗する気力も全部奪われて、私は大声でしゃくりあげて泣いた。子どもみたいに、親に見つけてもらった迷子みたいに。藍染に渡された白い死覇装の袖が、涙を拭ったせいでみるみるうちに色を変えていく。

 藍染が真子を殺して百年。
 私が真子への思いを殺して百年。

 今日が最後だと分かっていた。今日に、私か藍染か、どちらかが死ぬのだと、そうしてこの百年は幕を閉じるのだと、分かっていた。そして、死ぬのは私だろうということも、きっと心の何処かで分かっていた。



「復讐なんて、きっついモンもうやめろ。俺ならちゃんとここにおるから」



 真子は私の髪に指を通すと、相変わらずさらさらやな、なんておどけてみせた。その態度だって、私にとっては相変わらずだ。猛烈に腹が立って胸板を拳で殴った。嗚咽に力を奪われたそれは酷く弱々しく、ほとんど大した痛みはなかったろうが、彼は少し、顔を顰めた。私はそのまま彼にしがみついて、わんわん泣きじゃくった。


 永い永い百年だった。
 いっそもう全て終わってしまえばいいと、何度思っただろう。

 私が命を狙っていることに気付きながら、それを意にも介さない藍染が、憎くて、憎くて。
 いつだって私は彼の後ろから、彼の心臓を抉り出す機会を窺っていた。

 きっと真子は復讐なんて望んでいない。それは何処か確信めいたものでありながら、私の苦痛を終わらせるための言い訳にする、ただの願望でもあった。

 ごめんなさいと誰にともなく呟いた、でもその言葉を向けるべき相手は、今きっと私の目の前にいる。

 それを思えば全てが赦せる。



「終わった、の」

「せや、終わったんや」



 百年間の月日はあんなにも長く苦しかったのに、今この瞬間があるだけで、私は今生きているのだと、幸せなのだと、そう思える。

 永い永い百年の終末は酷く喜劇的に、百年前の悲劇から始まった全ての苦痛を消し去っていった。

 抱き寄せられた先、山吹のシャツに、一滴二滴涙が落ちた。けれど、彼はそれを咎めることなく、落ち着くまで私の頭を黙って、ただただ撫でてくれていた。

無彩色な世界から飛び出して






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