世界はもうすぐ終わろうとしている。とある強大な力を手にした一人の死神によって、世界は、そこに生きる人々諸共滅ぼされようとしている。

 神様でもない私は、自分が死んだ後のそれを天国とかいう何処かから確認できるほど崇高な存在ではないから、だから私の生きるこの世界が終わった後、そこに何が残るか(或いは何が創られるのか)は全くもって分からない。そこには花は咲くのだろうか? 太陽は? 鳥は? 戦争はその言葉すらも無くなって、新しいセカイの住民たちは皆互いに笑い合うだけになるのだろうか?

 それはもしかしたら素晴らしいことかもしれないし、そうでないかもしれない。しかし、それを判断するのは私ではないから。


 だから私は、今目の前に立つ銀髪の男に問うのだ。そんな何もかもが変わってしまうかもしれないセカイを新たに創生する意義を。あなたが大好きだった干し柿だって、新しいセカイには存在していないかもしれないのだと。

 そうしたら、彼はその糸目を精一杯見開いて(とはいえ細いものは細いのだけれど)驚いた後、乾いた声を立てて笑った。私はギンの笑い声が好きだ。喉の奥で努めて留めようとしているような篭り具合も、一緒に緩む狐のような口許も、好きだ。



「相変わらず面白いこと考えんなあ、なまえは」

「別に笑いを取るつもりじゃなかったんだけどなあ」

「分かっとる。せやから面白いんやね、きっと」



 まだ彼の笑いは止まらない。くすりくすりと笑う度、彼の銀髪が小刻みに震える。泣いているみたいな笑い方だった。

 何処かで爆音が響いている。逃げ惑う人間たちの叫び声。いつまでも消えない死の匂い。この戦場の中には、彼の何よりも大切なものが確かに在るのに、どうしてそれを壊そうと思えるだろう。

 あの強い女の死神は、きっと今もこの男を探し求めて瓦礫の上を必死に駆けずり回っているに違いない。



「変わってないね、ギン」



 斬魄刀を握る手が震えていることに気付かぬふりをして、私は息を吐く。それでも、自然と零れ落ちた科白だけはほんの少しもぶれることなく、死の気配が充満した空気にそっと散った。

 男は何をするでなくただそこに立っていたのだが、私のその言葉に何かを感じ取ったように、その白袴を引き摺って、歩を進めた。


 分かってしまうからこそ、つらい。
 この世には知らない方が楽なことが、たくさんある。


 例えばあの黄金の髪の彼女が、この男が藍染に付いた理由を知ったとして、何になるだろう? この男は救われるかもしれない。自分は貴方のためにこんなにも頑張ったのだと、自分の長い長い労苦に見合うだけの正当な理由を認めてもらえるかもしれない。

 じゃあ、



「自分もな、なまえ」



 それを知った乱菊の心はどうなる?


 いつの間にかすぐそこまで距離を縮めていた男が、ふっと悲しげに笑う。私とギンが、手を伸ばせば触れられるところで、しかしけして触れることなく向き合っている。僅かばかり開かれた空色の目は確かに私を見ていたけれど、何も映していないみたいだった。



「泣きなや」



 細く筋張った彼の指が、私の頬に触れる。そっと触れる。壊れ物を扱うみたいに、その手付きは泣きそうなほど優しい。私と彼の世界は、涙で一つになる。

 ギン、と呼ぶ。彼は返事をしなかった。もう一度、ギン、と呼ぶ。彼はもう口を開かず、壊れたように泣きながら彼の名を呼び続ける私を、腕の中にそっと閉じこめていた。


 死なないでほしい。生きていてほしい。崩玉も藍染のことも全部全部が夢で、ああボクはほんま何をしてたんやろねと、黒い死覇装を着て、いつものおどけた口調で笑ってほしい。だって彼は今から、きっと一番乱菊を苦しめることをする。それはあなたの本意ではないだろう。乱菊は―――もし、こんな傲慢なことを言って許されるなら、私も―――何よりも、あなたに生きていてほしいはずだから。

 この世界で、あなたとともに生きていきたいのだ。

 例え新しいセカイにこんな戦争がなかったとして、誰も苦しみというものを知らないまま楽しく日々を生きていけるとして―――それでも私は、ギンとともに在る世界を望む。



「さよならや、なまえ。―――おおきに……」



 ギンは私を抱き締めたまま、掠れた声で何かを呟く。薄れゆく意識の中で、もう一度ギン、と呼んだ。力が抜けていく手を、彼の手に伸ばした。彼は倒れ往く私の身体を受け止めてくれたけど、やはり応えてはくれなかった。

 もう二度と彼と会うことはないのだろう。

 強制的に落とされる意識の最後、私の頬に何か温かいものが落ちた。なんだ、結局最後の最後まで、私と彼の世界はこうして繋がるのだ。なかないで、と言ってあげたかったけど、声はもう出なかったし、拭うために出そうとした手も、すっかり眠り始めていた。

 好きだった。ほんとうにほんとうに、貴方が好きだった。
 あなたの目に私など映っていなくても、私はあなたが大好きだった。


終焉の日に餞宴を

(Title by 空橙)




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