※微裏






 あの子とこの子の霊圧が共にあるのが分かる。情報源は感覚という曖昧なものだが、私の霊圧を感じ取る力は並ではないと、以前総隊長が褒めて下さったほどだから、恐らくそれは正しいのだろう。しかし、男の方は随分霊圧が弱まっているようだ。ああ全く、ここまでお姫様を助けに来て、そのうえその彼女の前で死ぬなんて格好悪すぎるよ、死神代行君。

 そんな二人の奮闘を、城壁に守られた悪意など欠片も存在していない空間で眺めるのが藍染だ。私がやってきたことに気付いて、大きな椅子の背もたれから僅かに顔を覗かせて、私の姿を確認する。私の存在は悪意と殺意の塊でしかないが。

 宙に浮かんでいた映像がぱたりと消え、藍染が立ち上がる。こちらに歩いてくる。どうせ意識的にだろうが、私を屈服させたいのか、その霊圧は随分と大きな割合で解放されている。畏れてなんかやるものかと、こちらも霊圧を上げて対抗すれば、またその唇が足掻く私を嗤うんだ。



「腐ってるね、惣右介」

「お気に召さなかったかい」

「当たり前でしょ。あまり舐めてると殴っちゃうよ」

「殴る程度では私は殺せないよ」



 藍染の手が頬を滑る。その体温が私の中の奥の奥にある大切な記憶に触れないように、彼を思い切り睨みつけた。身長差のせいで、少し見上げるような形になった。

 今すぐにでもその手を切り落としてやりたい。でも出来ない。まだ時は来ていない。私が忍んできた百年を、突発的な衝動で水の泡にしたくはないから。この男もきっとそれを理解していて、だからこそ私に優しく労わるように触れてくるんだ。いつ張り詰めていた糸が切れて、自分に刃先を向けるだろうことを、今か今かと待ち望んでいるに違いない。

 ふざけるな。私は、お前の挑発ごときで積み上げてきた全てを壊してしまうような意志薄弱な女じゃない。



「なまえ、」



 奪われた呼吸に、動揺しないように目を閉じる。脳裏に浮かんだ金髪を慌ててぼやかして、必死に錯覚した。今唇を重ねている相手が、名も知らない誰かであると。他の余分な感情はなく、ただ便宜的にこれから身体を重ねる誰かであると。






 事を終えて裸のままベッドから出ると、まだその上でのんびり寝転がっている男が、忙しないなと苦笑した。私は無視して、傍に落ちていた下着を拾い身につける。



「怠くないのかい」

「黙れセクハラ」



 イライラする。じんわりと行為の余韻が残る身体は勿論この上なく気怠いけれど、この男の前でそんな弱いところを曝け出したくはなかった。

 襦袢まで身につけたところで、強く腕を引かれた。バランスを崩したその先には彼がいて、また意地の悪い嗤いをその端正な顔いっぱいに浮かべている。はなして、と呟いた声が、微かに震えた。



「愚かな子だ、なまえ」



 すべてが嘘だったらいい。

 藍染に抱かれる度、私はひとつひとつ、大切な何かを自らの手で破壊している気がする。愛しいと思える小さな存在を、自らの足で踏みにじっている気がする。そんな血と狂気にまみれた私の記憶の端っこで、あの人だけがいつまでもいつまでも綺麗なまま。



「知ってるよ」



 もう声は震えなかった。笑うのも随分上手くできた。そんな私を褒めるかのように、目を細めた男が私の首に痕を残す。こんなもの、後で治療鬼道ですぐに消してやるが、そんな考えもお見通しだろう。この男にとっては、私の一挙手一投足が全部、彼を愉しませるための玩具に過ぎないのだから。愚かな子だ、と、彼はもう一度言った。しつこいよ、そんなわかり切ってることを何度も繰り返さないで。



 隊長格が虚園に来襲してきたのは、それから二時間後のことだった。



きみにきみがきみのために嘘を吐いた

(Title by 氷葬)





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