死はいつでも静寂を孕む。静寂はいつでも死の気配を運んでくる。いうなれば、それは私にとっては可逆的かつ普遍的で当たり前の事実だ。それなのに、あなたたちはこの死の静寂に進んで飛び込もうとする。その渦中のひとを助けようとして、それが自らの命をも投げ出すと知らずに。


 双極の丘で、旅禍の少年や恋次くんの奮闘を傍観していたら、突然現れた朽木隊長、次いで惣右介に刃を向ける、夜一さんと蜂砕隊長。何だかもうぐちゃぐちゃだなあと思っているところに、だらりと垂れていた私の手首が強い力で背に回された。痛い痛い関節抜ける。



「痛いです」

「我慢しなさい」



 声を聞かなくても分かってはいたけれど、声を聞いてやはりかと思った。あなたはいつでも、本当に私を正しい道へ導こうと奮闘するからね。我儘な幼子を諌めるように呟いた京楽隊長の声は、どこか悲しそうに響いてきた。

 見れば、ギンも東仙さんもそれぞれ馴染み深い人物に拘束されている。おいおい、人選がおかしいだろう。ギンが抵抗したって、乱菊は確実に彼を斬れないだろうに。東仙さんも同じだ。修平くんには彼を殺すことなんて出来ない。



「なまえちゃ、」

「済まない、時間だ」



 惣右介の声とともに、空から降ってくる光の束。彼に続いて、それは私たち四人を完全に護る盾となる。反膜が落ち切る前に飛び退いていた京楽隊長に、少し安堵したような気がするけど、多分気のせいだ。

 私たちを地面ごと持ち上げて虚園へと運ぼうとするそれは、いつしかあの人が読んでくれた、月から来たお姫様のお話と似ている。



「なまえちゃん!」



 京楽隊長が、叫ぶ。私は生憎目が良い方ではないから、彼がどのような表情をしているのかは分からなかった。互いにかける言葉を探して逡巡する間にも、私はどんどん空のおぞましい割れ目へと吸い込まれて行く。今すぐこの場所を飛び降りて、彼の腕の中に戻れたら、どれだけ良いだろうかとも思う。もう後戻りなんて出来ないのに、総てを覚悟したはずなのに、悲しいかな私の情けない心はいつだって逃げ出すことを望んでいる。



「京楽隊長、」



 ごめんなさい。



「さようなら」



 百一年前のあの事件で、あなただけが藍染を疑ってくれた。私の話を聞いてくれた。あの人がいなくなって泣きじゃくる私を支えてくれた。そんなあなたならわかるだろう。私が何のために虚園へ行くのか、藍染の味方になったのか。その洞察力に甘えて、私はあなたに何一つ告げずにむこうへ行く。



「いつでも戻っておいで、君の居場所は此処だよ。……待ってるから」



 閉じる裂け目の向こう側から、聞こえるはずもない声が、そんな音を紡いだ。









「逃げたくなったかい?」



 と、藍染が嗤った。



「逃げる気なんて毛頭ないよ」



 負けじと即座に返すと、そうか、とまた愉しそうに呟く。あの夜も、こうして嗤ったのだろうか。

 逃げるつもりなどない。私がどれだけの覚悟を持ってお前の傍にいるのかを、愚かなお前はきっと知らないだろう。けれどそれが命取りになる。私の目的に気付いていたって、その油断がお前を殺すことになる。私はお前の後ろから、お前の命をいつだって狙っているから。

 覚悟するのはお前のほうだ。今更逃がしはしない。


 暗く静かな世界だった。やがて遠くから、虚の低い呻き声が響いてきた。


殺してやりたいと君は嘯く

(Title by 氷葬)







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