部屋に差し入った一筋の光に、破面の女は二人揃って、面白いほどに目を見開いた。人工的なピンクとブルーグリーンの虹彩がとても綺麗な、そんな二人。そんな可愛らしいあなたたちも好きなのだから、ねえ、そんな怯えた目をしないでよ。

 部屋には女が三人いた。やってきた私を含めれば四人になる。ロリとメノリは私を見たきりほとんど彫刻のように固まってしまっていて、もう一人の人間の女の子の方は、よく状況が呑み込めていないご様子である。その頬が赤く晴れているのが大層痛ましくて、自然と顔が引きつってしまっているのか、その表情は硬い。そりゃまあ、人間が破面に殴られたらかなりの大怪我になるはずだし、ね。



「みょうじ、様……」



 呟いたのは、二人のどちらだっただろうか。



「ロリもメノリも、此処で何をしているの?」



 私に織姫への助け舟を出させたのは、他でもない惣右介だった。だからどんなことがあろうが、いくら二人の顔が泣きそうだろうが、追及を止めるわけにはいかない。今の私の主は、不本意ながらあの男なのだから。



「こ、これは……」

「まあ、答えたくないなら答えなくていーけどね、ちょっと織姫ちゃんと話があるの。いい?」



 言うと、二人はホッとしたように肩の力を抜いて、頷いた。本当に分かりやすい。ちらと視線を寄越せば、織姫は変わらず不安げなまま、私を見つめている。双極の丘で見かけた、死神の死覇装を着た彼女とは、まるで別人に見えた。



「おいで、織姫」



 悪い魔女の誘いに、囚われのお姫様はその手を取るのだ。彼女は、人を疑うことを知らない。




 あの、と織姫が口を開いたのは、ぼろぼろになってしまった彼女の個室を出て、少し歩いたときだった。なあに、となるたけ優しく返して、歩を進める足はとめない。彼女も止まることなく、私についてきていた。



「ありがとう、ございました」

「どーいたしまして。って言っても、私に命令したのは惣右介だから、お礼言うなら彼にかな」

「……はい」



 話があるの、なんて呼び出しても、勿論そんなもの詭弁だ。ただあの部屋には、とりあえずは直すまでは戻さないようにしようと何となく思って、今向かっているのが私の自室。ロリとメノリが私を敬称付きで呼んだことからも分かるように、私の立場はここではなかなか高く、部屋もかなり広いものを貰っているから、一人増えたところでなんともないのだ。



「いつも、来てるの?」



 ロリは、メノリは。言外の意味を孕んだ問いも、織姫は瞬時にそれを悟り、小さく小さく、呟いた。



「……たま、に……、」



 絞り出された声は、案外その言葉の内容よりも雄弁に、彼女の本心を語っていた。たまに、なんて、そんな軽いものではないのだろう。



『どうして女性というのは、こうも思い込みが激しいのかな』



 いつかの惣右介の科白を思い出す。まだ彼が五番隊の隊長であった頃、誕生日に部下の女死神からプレゼントを貰い、副官の雛森が勝手に恋人と思い込んで不貞腐れたときのことだ。正しくは思い込みが激しいというか、被害妄想がすぎるというか、要するにおかしな方向への想像力が豊かなのだ、女性というものは、きっと。

 ロリとメノリもそう。惣右介が直々に目をかけたというだけで、何か特別扱いをされているなどと思い込んで、彼女を攻撃する。突然拉致されたような彼女にとっては、いい迷惑だろう。目をかけられただなんて、彼女からすれば理不尽もいいところだ。



「ここね、私の部屋なんだけど、織姫の部屋は後で直させるから、今日はここに居てもらっていいかな?」

「わざわざ、すみません……」

「いいよ。……うーん、服もぼろぼろね。新しいの出したげる」



 部屋の隅にあるクローゼットから、替えの服を探す。織姫のサイズに合う服が果たしてあるかどうかだが、なんだか彼女とは様々な点で体型が違う。身長は勿論のこと、胸回りだとか、色々。

 そんな風に大量の服を只管漁っていたら、布の音に混じって、織姫が鼻を啜る音が聞こえた。



 自慢ではないが、私の第六感はいつだって百発百中である。今日のご飯はカレーライスな気がする、とか、そんな些細なことも外さないのだから、自分でいうのも何だが、なかなかどうしてよく出来ている。だから、今織姫が泣いているのも、自分のためではないということを、私の有能な勘は即座に感じ取ってみせた。



「織姫」

「なまえさん、お願い」



 つい先程に、彼女を助けに来た侵入者の霊圧が、二人分消えた。



「出して、ここから」






 ああ、神様。これは私への罰ですか。総てを知っていながらあの人を止めようともしなかった罪深い私への罰ですか。織姫が苦しみ、旅禍の少年や死神たちが傷付き、部下である破面が倒される、その様子を愉しむあの人より、私の方が罪深いと仰るのですか。

 一つのものを護ろうとすれば、また別のものは拾えない。総て零れ落ちるばかりだ。



 織姫の瞳は強い光を宿している。私も、こんな強い心を持てていたなら、彼を失わずに済んだだろうか? 今となっては、その仮定は何の意味もない。でも、考えずにはいられない。

 ごめんね、織姫。そして侵入者の皆。私は皆を助けられないけど、せめてあなたたちがあなたたちの本意を成し遂げられるように、祈るくらいのことは、させて下さい。それが私の、せめてもの償いです。

魔女が泣いた夜





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